いざ! ヘブンズ王国

 洞窟を抜けたルスト達は、カエルム山脈を、ヘブンズ側に向かって下山していた。
 一行が山脈に足を踏み入れてから、既に一週間が経過している。
 下りの道は、ジプサン側に比べると、急な斜面ではあったものの、まだ街道としての形を成していた。
「ん?」
 ふと前方を歩いていたルストが、人影に気づいた。
 道端に誰かが座り込んでいるのだ。
 近づいてみると、それは女の子だった。
 足に怪我をしていて、気を失っている。
 真っ白な足についた傷から流れる赤い血が痛々しかった。
「ちょっと、大丈夫!?」
 慌ててルストが少女に駆け寄った。
 少女は、ルスト達と同じくらいの年齢に見える。
 明るいブラウンのショートヘアに、白と青を基調とした服を着て、桃色のマントを羽織っている。
 なかなかの美少女だ。
 両手には革の手袋をはめており、膝にはレッグウォーマーを付けているが、露出している足首から下はなんと鳥のそれであった。
 よく見ると、マントの下には白い翼が折りたたまれている。
「ハーピー……いや、セイレーンですね」
 追いついてきたジンが、少女を見て言った。
「セイレーン? でも、セイレーンって本当は海辺に居るモンスターだよね?」
 少女の足に包帯を巻き、ヒールの呪文を掛けながらルストが問いかける。
 ハーピーやセイレーンは、女性と鳥が合わさったような姿のモンスターだ。
 種族には女性しかおらず、主に数羽(数人?)の群れで行動し、人里とは離れた場所で、独自の生活を営んでいる。
 最大の特徴は『魅了』の効果を持つ歌声で、これで無用な争いを避けたり、繁殖期には他種族の、好みの男性を誘惑したりする。
 え、その後どうするかって?
 大丈夫、大人になったらわかるから!
 さて、ルストが言ったように、基本的にハーピーは陸地に住んでいるが、セイレーンは海辺を住処とする。
 ちなみに両者の見分け方としては、足を見ればいい。
 セイレーンは海辺に棲息しているので、足の指の間に水かきがあるのだ。
 そして、彼女の足にも、確かにセイレーンであることを示す水かきが付いていた。
「う……う〜ん……」
 その時だった。
 少女が目を覚ましたのだ。
「大丈夫?」
 少女に向かって、ルストが優しく問いかける。
「あれ、私……」
 まだ完全に覚醒していないのか、目を開けた少女が、辺りを見回した。
 そして、ルストの姿を認めると、ぱっちりと目を開ける。
「そうか、私、怪我して……。あの、貴方が助けてくれたんですか?」
「うん、まあね」
 少女に微笑みかけられ、ルストが頬を赤くしながら答えた。
「私、セレナと言います。セイレーンのセレナです!」
 セレナはルストに向かって、深々と頭を下げた。
 話を聞いてみると、どうやらセレナは、群れで渡りをしていたらしい。そして、このカエルム山脈に差し掛かった時、山脈に住むモンスターに襲われ、足を怪我した彼女は、そのまま群れからはぐれてしまったのである。
「でも、それならセレナの群れは……」
「はい、恐らくもう、この辺りにはいないと思います」
 悲しそうにセレナが呟くが、そこに怨みの色は全く無い。
 群れの存続ために、怪我してはぐれた者を残していく……悲しいが、生きていくためには仕方がないことだった。
「あの、それで、もし良かったら……私も皆さんにお供させて頂けませんか?」
 おずおずと尋ねるセレナに、ルストは笑顔で頷いた。
「もちろん! おれ、ルスト。ルスト・エストリバー。宜しく!」
「宜しくお願いします、ご主人様!」
 その言葉に、一同はガクッとズッコケる。
「セレナ、“ご主人様”はやめてよ。ルストでいいよ」
「では、ルスト様と呼ばせて頂きます。宜しくお願いします!」
 ニッコリ笑って、再びセレナがルストに頭を下げた。
 残りの者たちも、順に自己紹介していく。
「僕はジン・フルートです」
「おれはバッツ・ヒルズテイルだ。よろしく」
「俺っちはザコ吉! よろしくな!」
 かくして一行に、セイレーンの少女、セレナが加わったのだった。


 ヘブンズ王国の王都であるパライソは、ジプサンの王都には及ばないが、それでも一〇〇万の人口を数える。
 勿論、ヘブンズ王国随一の都市だ。
 周囲を堅牢な城壁に囲まれ、市内の各所には武器弾薬、糧食などの貯えも十分で、例え大軍に包囲されても三年は持ちこたえられると言われていた。
 街に入ってすぐ、一同は通りかかりの男性から声をかけられた。
「おまえさん達、モンスターを連れてるようだが、すぐに町から出た方がいいぞ」
「どうしてですか?」
 驚いた顔をするルストに、バッツが思い出したように頷いた。
「そう言えば……少し前から、この国はモンスターや魔族を受け入れなくなった、って聞いたことがあるぜ」
「どういう事?」
 男性が続ける。
「昔はこの国は、他の国と同じように人族も魔族も、それからモンスターでも普通に暮らしてたんだけどな。モンスターが凶暴化してきたころ、新しい宰相様を迎え入れて、それから人族至上主義を打ち立てるようになっちまったんだ」
「そうなんですか……」
「ま、とにかく憲兵に見つかる前に、ここを出てった方がいいぞ。オレも巻き込まれちゃかなわねえから、これでな」
「分かりました。親切に有難う」
 足早に去っていく男性の背中を見送りながら、一同は礼を述べた。

「さて……これからどうしたもんか」
 町角の目立たない一角に移動して、ルスト達は今後について話し合っていた。
「魔族やモンスターを受け入れないなんて、おかしいよ。ザコ吉やセレナみたいにいいモンスターだってたくさんいるのに」
「けど、今の国がそういう方針なら仕方ないだろ。その新しい宰相ってのが曲者っぽいけどよ……」
 憤るルストに対して、以外に冷静なのがザコ吉だった。伊達に年長者ではないのだ。
「どっちにしても、通行手形を発行してもらわなきゃ、この国の中を歩けないんだし……。俺っちはナップザックの中に隠れてるけど、セレナはどうする?」
「私は……」
 その時、ジンが思い出したように「ポン!」と手を打った。
「そうだ! こういうの時のために、いい物を持ってます!」
 ゴソゴソとジンが上着の内ポケットから取り出したのは、シンプルな造形の腕輪だった。
 小さな白い宝石が付いている。
「これは?」
「僕が先生から、下天する前にもらった魔力制御装置です」
「魔力制御装置?」
 魔力制御装置とは、文字通り魔族やモンスターの強力な魔力を抑える神器だ。
 これを身に着けると、魔力が普通の人族レベルまでに抑えられるほか、外見も人族と同じように変化する。
 しかも普通の人間には、人族になった魔族を見分けられないという優れものだ。
 主に今回のように、魔族が身分を隠して行動しなければならないような場面で使うために作られたものである。
「セレナさん、これを」
「はい」
 セレナが腕輪をはめてみると、見る見るうちに変化が起きてきた。
 背中の翼は引っ込み、尖った耳は丸くなり、足も鳥のそれから人間の物へと変わっていったのだ。
 自分の身体の変化を見て、セレナは驚いた顔をしたが、ふと、
「もしかして……」
 はめていた手袋をとる。
 そこにあったのは、綺麗な白い手だった。
「うわぁ……」
 自分の手を見て、セレナは嬉しそうに目を輝かせた。
「どうしたの、セレナ?」
「あ、いえ……。実は私、自分の手が気になってて……」
「手が?」
「はい。私達、セイレーンは手も鳥の足みたいで可愛くないってずっと思ってたから……」
 どうやらこのセイレーンの少女が手袋をつけていたのは、自分の手に対するコンプレックスかららしかった。
「そうなんだ。でも、おれはセレナがどんな姿でも気にしないよ?」
「えっ……? あ、有難う御座います、ルスト様……」
 屈託なく言うルストに、セレナは真っ赤になってうつむいてしまう。
 そんな二人を見て、バッツが呆れたように頭をかきながら言った。
「取り敢えず、裸足じゃまずいだろ。ちょっと大きいが、履かないよりマシだ」
 と、自分の革袋から予備のサンダルを出してセレナに渡す。
「有難う御座います」
「さあ、それじゃあ王宮に行こうか」
 ルストの号令に、一同は頷いた。


 荘厳華麗な王宮――ヘブンズ城は、パライソのほぼ中心にある。
 一時間ほどかけてたどり着いたルスト達が受付を済ませると、しばらくして若い騎士が奥から現れた。
 いや、まだ少年と言っても差し支えない。
 年齢はバッツと同じくらいだ。
 快活そうで、軽装の鎧をまとっている。
「よっ。あんた達だな? おれは王宮親衛隊長の、フレイル。フレイル・ティーガジャン。宜しくジャン」
 フレイル・ティーガと名乗った騎士は、ルストの腰のブレイブセイバーに目をやると、興味深そうに尋ねる。
「あんたのそれ……もしかして、神器ジャン?」
「えっ、そうだけど……。なんで分かるの?」
「やっぱりな! 実はおれも、光騎士ジャン! 十神騎士の一人、ライル様の弟子なんジャン」
「へぇ〜、そうなんだ!」
 一同とフレイルはしばらく会話を交わした後、謁見の間へと案内された。
 ここは王から全ての指示が下される場所であった。
 正面の一段高い壇にはきらびやかな玉座が置かれている。
 今、玉座にはミイラのようにやせ細った男が座っていた。
 頭に輝くのは宝冠。
 ヘブンズ王国を治める国王ゴーク・ラウ・ヘブンズであった。
 ゴーク王は、虚ろな瞳で虚空を見つめていた。
 明らかに思考は止まっている。
 その表情といい、このやせ細り方といい、正常では無かった。
 何が王をこのような状態にしてしまったのか。
「…………」
 玉座から広間の入り口までは深紅の絨毯が敷かれ、両脇には重臣たちが並んでいる。
 ゴーク王の横には、いかめしい顔をした男が立っていた。
 どこかキザな口ひげを生やし、足をすっぽり隠すほどの長いコートを着ている。
 頭は見事なまでにそり上がっていた。
「あれが宰相のルグーン・カヴァールニィだぜ」
 バッツがルストの耳元でささやいた。
「宰相……」
 ルストにはルグーンが宰相と言うよりは魔導士のように見えた。
 それはある意味では正しかったのだが。
 ルストを先頭に、一同が玉座の前までやって来た時、ルグーンがサッと手を振って言った。
「フレイル、あの者たちを捕らえよ」
 ルグーンが指さしたのはルストであった。
 突然の言葉に、ルストは勿論、フレイルまでもが呆気にとられたようにその場に立ち尽くしてしまう。
「どうした、フレイル」
 ルグーンが今までにないきつい調子で急かすように言った。
 フレイルはまだ躊躇している。
「宰相様、彼らは旅の光騎士で、天界の……」
「聞いている。だが、仲間にモンスターなどを連れている時点で、悪だと決まっているのだ」
「!?」
 ルグーンがセレナの方に視線をやる。
(バレてる!?)
 なんと、ルグーンには魔力制御装置で人族になったセレナの正体を見破ったらしかった。
「宰相様、違います! この方たちはそんな人じゃありません! 私が勝手についてきたんです! だからこの方たちに手を出さないで下さい!」
 だが、ルグーンはセレナの言葉など聞いていない。
「フレイル!」
「……はっ」
 ようやくと言うか、しぶしぶと言うか、フレイルが配下の者たちに命令を下す。
 高官の背後に立っていた護衛の騎士達が駆け出して、ルスト達を取り囲んだ。
 ルストはと言うと、怒るというよりも、完全に呆れた表情になっている。
 ルグーンを見据えて、
(一体なんなの、こいつ……!?)
 という訳だ。
 バッツと、ナップザックから飛び出したザコ吉の方はもうとっくに戦いの態勢を整えていた。
 二人の顔には「面白くなってきやがった」という風の笑みが浮かんでいる。
 どうも、この二人は何かひと騒動起こることを予感していた感があった。
 ルストはキッとゴーク王をにらみつけて叫んだ。
「陛下、おれの話を聞いて下さい!」
 だが、王は全くの無反応だ。
 代わりに答えたのはルグーンだった。
「必要ない」
「おれ達には弁解すら許されないのですか!?」
「私の言葉は王のお言葉だ」
「だけど、話くらいは……」
「早く、捕らえよ!」
 取り付く島もない。
「やれっ!」
 フレイルが苦り切った顔をして命令を下した。
 と、同時に騎士たちが剣を抜いて飛びかかって来る。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 とっさに動いたのはバッツだった。
 背中の大剣を、鞘ごと振り回した。

 ドカッ! ドカッ! ドカァァァァァァッ!

 数人の騎士が吹っ飛んで、床の上で悶絶する。
「おのれっ!」
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 さらに迫る騎士たちに向かって、今度はザコ吉が動いた。

 ガブッ! ガブリッ!

 ザコ吉に噛まれた騎士たちは、次々とその場に崩れ落ちた。
「安心しな、ただの眠り毒だよ」
 ザコ吉がウインクしながら言った。
 しかし、相手の数もきりがない。
 四方の扉から次々と新手の騎士や兵士たちが駆けつけてくるのだ。
「ど、どうしよう……?」
 乱闘に加わらず、茫然と見ていたルストだが、突然、

 バタンッ!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ルストが立っていた部分の床が抜け、ルストは真っ暗な奈落の空間に落っこちていく。
 見れば、ルグーンが手を突き出していて、その指輪にはめられた宝石が光っている。
「ルスト!」
 ジンが気が付いて、ルストの元に瞬間移動呪文で一気に移動しようとする。

 コーカ・アーチ!
(彼の地へと我を運びたまえ!)

 だが、ジンの身体に魔法力は集まらなかった。
「くっ……!?」
 誰かの強力な魔法力によって、この空間では一切の魔法が使えなくなっていたのだ。
「彼ですか……!」
 ジンが振り向いた時、ルグーンは口の端を大きく吊り上げた、独特の笑みを浮かべていた。
「ここは一旦、引きましょう、バッツ! ザコ吉さん! セレナさん!」
「しょうがねえ!」
「あいよ!」
「でも、ルスト様が……」
 壁際でバッツの大剣がうなる。

 ドゴォォォォォォォォン!

 壁に大きな穴が開き、ザコ吉、ジン、そしてバッツに引きずられるようにしてセレナがそこから飛び出ていた。
「逃がすなっ!」
 ルグーンの一喝するような叫び声が響き、兵士たちがぞくぞくと穴に殺到する。
「ルスト様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 徐々に小さくなっていくセレナの叫び声を、フレイルだけが気の毒そうな顔をして聞いていた。


 フレイルは王宮の中庭を歩いていた。
 ヘブンズ城は建物を“コ”の字型にまとめ、広大な中庭を持つ。
 その中庭のほぼ中心に、質素ながら風情のある建物があった。
 建物の前には豪華な花壇が広がり、一人の少年がその一つ一つを丹念に見ながら手入れをしていた。
 静かなアイスブルーの瞳。
 全体的に気品にあふれ、身なりも豪奢だ
 実際の年齢は十七歳だが、心労と無気力のせいか、実際よりも老け込んで見える。
 この人物こそ、この国の王子――ジョード・ティゴ・ヘブンズその人であった。
「殿下!」
 フレイルはジョードの側に行き、地面に膝を付けて、深々と一礼した。
「……フレイルか」
 ジョードはわずかにそちらを見るが、すぐに花壇の方に視線を戻す。
 フレイルは落胆する事も無く、口を開いた。
「天界からの使命を受けた、光騎士たちが到着したジャン。けど、ルグーンに犯罪者扱いされて……」
「可哀そうに思うが、どうにも出来ぬよ。余にはそんな力すらも無い……」
「…………」
「余の所に来てくれるのも、フレイル……そなたぐらいになってしまった」
「……ジョード殿下」
 ジョードは黙々と花壇の手入れを続けていた。
 フレイルはただじっとその背中を見ている。
 どれくらい時間が経ったろうか、フレイルがポツリと呟いた。
「せめてメフィスの爺さんが生きてたら……」
「…………」
 ジョードは何も答えない。
「あの男、ルグーン・カヴァールニィが国王陛下と逢った時から全てがおかしくなったジャン! 陛下もそれまではあのような方では無かったのに……」
「…………」
「殿下の大切な方々を処刑し、追放し……」
「…………」
 いつしかフレイルは興奮して叫んでいた。
「殿下、おれはもう我慢できないジャン!」
「もうよい、フレイル」
 ようやくジョードがフレイルの方を向いた。
 その目には哀しみが漂っている。
「もはやどうにもならんのだ……」
「殿下……」
「お前ももうそのような事を口にするのはやめよ。彼らの耳に入ったなら、お前とて無事ではすまぬぞ。他の者たちのように職務に忠実に生きろ」
「…………」
「余はお前だけは失いたくないのだ」
「殿下……」
 フレイルがガックリとうなだれた。
 ジョードはしばらくその様子を見ていたが、再び花壇の手入れに戻っていった。
「……これにて失礼します、ジャン」
 悲しみの表情で顔を上げたフレイルは、その場を立ち去る。
 太陽は山の端に傾き、世界を赤く染め始める。
 完全に暗くなるまで、辺りには草を切るハサミの音だけが響いていた。


 ピチョン……

 天井から落ちる水滴が水たまりに落ちる。
 暗闇の中で、ルストはもう何時間もその音を聞いていた。
 落下した時の痛みはようやく引いたようだった。
 手足も何とか動く。
 大したケガが無いのは落ちた時、下にクッションの代わりになるものがあったからだ。
 ただ、それはあまり思い出したくない物だった。
 ルストの身体を受け止め、落下の衝撃を和らげたのは、ミイラ化した死体の山だったのだ。
「…………」
 長い間暗闇にいて、ようやく目が慣れたため、自分の周り一メートルくらいならば何とか見られるようになってきた。
 だが、周りの光景は目を背けたくなるようなものばかりだった。
 どこを見ても、死体、死体、死体……。
「うぷ……」
 強烈な地下迷宮の匂いと相まって、ルストは何度も吐きそうになっていた。
(何とかここから脱出しないと……)
 しかし、現実には何の考えも浮かばない。
「もう、どうすればいいんだよ!」

 ドウスレバイインダヨ……
 ドウスレバイインダヨ……
 ドウスレバイインダヨ……

 ルストはガックリと肩を落とした。
 絶望的な感情が心の中を支配する。
(もう駄目かな……。おれもこうなっちゃうのかなあ……)
 ルストの目に積まれた死体が飛び込んできた。
「!」
 が、その時ルストは大きく目を見開いた。
 死体のはるか向こうに、わずかな光を認めたのだ。
 その光は近づいてくる。

 カシッ……カシッ……

 床を踏みしめる足音が聞こえて来た。
 (人間……!?)
 緊張で身体をこわばらせ、ルストは光を凝視した。
 ゆっくりと近づいてくる光を、ルストはじっと息をひそめて待ち続けた。

To be continued.


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