ゴールデンマッスル・後編

 さて、ここで場面はジプサンに戻る。
 中心街から少し離れたところにある酒場で、一人の少年が杯を傾けていた。
 年齢はジンよりも上……15歳くらいといったところか。
 袖や裾がゆったりとした、着物と武道着を合わせたような服を着ている。
 胸には青い胸当てを付けている。
 目を引くのはその髪の毛だった。鮮やかな赤い長髪を、無造作に腰まで垂らしている。
 野性味のある顔で、見た者に好ましい印象を与えるのは、口許に自然と浮かび上がった頼もしげな微笑みであった。
「ふむ……」
 少年がグイッと杯を傾けて言った。
「それじゃ、その警備隊長さんの息子さんは、もうこの街を出ちまったんだな?」
「ああ。もう数日になるかな。なんでも、国王陛下直々に旅の手形を渡されたんだとか」
 白髪の店の主人がカウンターの中から答える。
「入れ違いになっちまった、ってワケか……」
 どうやらこの少年は、ルストを捜していたらしい。
 一体この少年は何者なのか!?
 なぁんて疑問は後にとっておくとして……。
「ありがとさん。それじゃあ親父さん、おれはそろそろ……ん!?」
 主人との会話を打ち切って、少年がドアの方を振り向いた。
「どうしたね!?」
 主人が不思議そうにドアの方を見た。
 と、ちょうどドアが開いて、数人の男たちが乱暴な足取りで入って来たのだ。
 いずれも人相が悪く、どうみてもゴロツキだった。
 店に入るなり、ゴロツキ達の視点は一点を見据えている。
「おう、そこのお前!」
 ゴロツキの中のリーダー格の男が少年に声をかけた。
 少年を見る目には明らかに敵意がこもっている。
「おれか?」
 その敵意を感じていないのか、少年は極めてノンビリとした口調で応えた。
「おい、パナン、こいつに間違いねえな!」
 リーダーの問いかけに一人のごろつきが進み出た。
「こいつだ! 兄貴、確かにこの男だ!」
「おう、お前! お前はオレたち『オオカミ兵団』を愚弄してくれたらしいな!」
 ちなみにオオカミ兵団とは、この街の裏の世界ではそれなりに名の通った、ならず者の集団だった。
 こちらの世界で言うヤクザのようなものである。
「愚弄……!?」
 少年はけだるそうに、パナンと呼ばれた男の方に視線を向ける。一瞥するなり、口元のシニカルな微笑みがますます強まった。
「おう、何だいさっきのフラレ兄ちゃんじゃねえか。どうだ、他に女は見つかったかい」
「ふざけんな!」
 リーダーが少年の態度に腹を立てる。
「別にふざけてなんかいないぜ。そこの兄ちゃんが、嫌がってる女にチョッカイかけてたんで、ちょっとお仕置きしてやっただけだぜ。いやぁ、確かにありゃ可愛かったが」
 が、少年の言葉は断ち切られた。
「黙れ!」
 リーダーが叫んだ。
「パナンの事がなかろうと、お前のその態度はオレらを馬鹿にしてやがる。落とし前を付けられる理由としちゃ十分だ!」
「へ〜え、おれってそんなに態度悪いかね」
 少年はアゴを突き出して、馬鹿にしたような目つきをリーダーに向けた。
「貴様ぁ!」
 ゴロツキ達は完全に殺気立ち、剣を抜いて少年に突っ込んでくる。
 だが、ゴロツキ達が少年に剣を突き入れるよりも早く、少年の両手は動いていた。

 ドゴォォォォォォッ!

 傍らに立てかけておいた少年の巨大な剣が、鞘のままゴロツキ達の胴を薙ぎ払った。
 大人でも扱うのが難しいようなそれを少年はいとも簡単に扱ったのだ。
 少年に向かって行った、パナンを含む数人はわずか一撃で、壁まで吹っ飛ばされていた。
「…………!」
 残った三人は茫然とその光景を見つめていた。
 その長剣もさることながら、それを苦にもせず軽々と操る少年の膂力には恐るべきものがあった。
「あーあ、やっちまった。そっちが突っかかって来るからだぜ」
「や、野郎! やっちまえ!」
 リーダーがお決まり通りのセリフを吐き、残ったゴロツキ達が少年に向かって殴り掛かる。
 だが、
「ほらよ!」

 ドガッ! ドゴッ!

 少年はゴロツキの拳を軽々とかわすと、逆に鋭く拳を突き出す。
 リーダーを除く二人は、それぞれ一撃のもとに床に沈んでいた。
「ヒッ……」
 リーダーが怯えて逃げ出そうとした時、少年はそいつの襟首をつかまえて言った。
「ここまで来たからには名乗っといてやるよ。おれの名はバッツ・ヒルズテイル。短い付き合いだが覚えといてくれや!」

 ドゴッ!

 拳がリーダーの腹を打ち、リーダーは白目をむいて床に転がった。
「手加減してやったんだ。有難く思いな」
 そう、彼こそマスタレスの弟子であり、ルスト達を追って天界より下天してきた光騎士、バッツだったのだ。
 バッツはもうゴロツキ達の方には目もくれず、主人の方に向かって言った。
「という訳で親父さん、おれの飲み代は、そいつらに請求しといてくれ♪」
「…………」
 笑顔で手を振りながら店を出て行くバッツを、主人は茫然と見送るのみだった。

 さて、バッツがジプサンの酒場で大活躍しているのとほぼ同時刻、ルストとジンは例のマッチョマンたちの足取りを追って、カラゴラーナの街を出発していた。
 街で集めた情報によれば、マッチョマンたちと町の人たちは、真っ直ぐに南の方へ向かったらしい。
 サレラシオ大陸でも比較的南にあるこの辺りは、広大な平野が広がっており、今までよりも旅は楽だった。
 三人は急ぎながらも、無理のない速度で歩を進めていく。
 そんな三人を、こっそりと尾行している者たちがいた。
 コートを着込んだ銀髪の青年と、ゴスロリファッションの金髪の少女――言うまでも無くジャバット兄妹である。
「お兄様、あの方たち、どちらに向かっているのでしょう?」
「おそらく、マッスルハウスではないかな。カラゴラーナで起きた事件と併せて考えると……」
 ブラッディの口から『マッスルハウス』という単語が出た途端、マリーがげんなりした表情になる。
「マッスルハウス……という事は、今回の事件はあの変態のマッチョ兄弟の仕業ですのね……」
「残念だがそうらしいな……」
 同意するブラッディも浮かない表情だ。
 マリーの言う通り、街に現れたマッチョマン達は、どこの魔王軍にも属しない闇騎士の兄弟で、兄はアニキ・マッチョ、弟はオトート・マッチョという名前だった。
 え? 何のひねりも無いネーミングだって?
 うるさいなぁ……。
 ともかく、このマッチョ兄弟はジンが推理した通り、魅了の魔法の使い手だった。
 彼らの魔法は、彼らがムキムキポーズをとることによって発動するという、特殊なものであった。
 おまけに二人そろってナルシストで、ムキムキポーズばかりとるのだ。
「それで、どうするんですの、お兄様……? 正直に言ってしまえば、わたくしはあの方達とは関わりたくないのですけれど……」
「同感だ。やむを得まい、もしジン達が彼らに勝てばそれでよし、負けた時には隙を見てマッチョ兄弟の元から奪い去ろう」
「はあ……なんか火事場泥棒みたいで、気が乗りませんわね……」
 疲れたように、マリーが盛大にため息をついた。


 数日後、ルストとジン、そしてザコ吉は、目的のマッスルハウスへと到着していた。
「なにこれ……」
 ルストが愕然となるのも無理はなかった。
 マッスルハウスは、高さが二〇シャグル(約七〇メートル)ほどの、石でできた建物だったが、問題はそのデザインだ。
 マッチョマンの上半身を模していて、しかもそれがムキムキポーズを取っている。
 遠目からもよく分かる、悪趣味極まりない建造物だった。
「まあ見た目は兎も角、マッチョマン達と町の人たちは、この建物の中にいるはずです」
 ジンが正面についている、両開きの門を指さして言った。
「よし、さっそく中に入ってみよう」
 三人が門に向かって歩き出そうとした、まさにその時だった。
「待て」
 突然声をかけられ、三人は驚いて声のした方を向く。
 立っていたのは七〇〇スーセ(約二メートル)近くある、大柄なメタルゴーレムだったのだ。
 全身を黒を基調とした、戦国時代の武者のような甲冑で包んでいる。
 右腕は、先端が三日月のように湾曲した、薙刀のような武器を握っている。
 左腕は右腕に比べて肥大化しており、指には鋭い爪を備えていた。
 その肩鎧には『金』という字に似た紋章が描かれている。
 ちなみにメタルゴーレムとは、名前の通り、金属で作り出されたゴーレムだ。
 内部には複雑な機械が張り巡らされていて、動力が魔法力であることを除けば、こちらの世界で言うアンドロイドやロボットとほぼ同じものだと思ってもらって間違いない。
 突然現れたメタルゴーレムに、三人は警戒しながら向かい合った。
「あんたは、一体……?」
 問いかけるルストに対して、そのメタルゴーレムがとった反応は、ある意味予想外のものだった。
 メタルゴーレムは薙刀を収めると、礼儀正しく頭を下げたのだ。
「これは失礼した。拙者はダークマジッカーの魔衝騎士、ゴールディと申すものだ」
「ダークマジッカー!」
 ジンが驚いた声を出す。
 ダークマジッカーとは、数ある魔王軍の中でも、レッサルゴルバと同じ十魔王の一人、マージュ・ギッガーナI世が率いている魔王軍だ。
 そして魔衝騎士とは、ダークマジッカーの中核を担う、メタルゴーレム達で構成された騎士団である。
 各メンバーは将棋の駒をモチーフにしており、このゴールディと、もう一人いる同型のゴールダーは『金将』の駒にあたる。
 かつては彼らも『悪意』に侵され、まだ“救世主”だった頃のフィーラス達に浄化された過去があった(詳しくは小説版『ファイクエ2』を見てね!)。
 ひとまず、ゴールディに敵意が無い事を知った三人は、それぞれ自己紹介をする。
「おれはルスト。ルスト・エストリバー」
「僕はジン・フルートです」
「でもって、俺っちはザコ吉!」
「エストリバー……フルート……」
 ルスト達の名字を聞いて、今度はゴールディの方が、わずかに驚きを顔に出した。
 そして、彼の視線はルストの腰に刺さっているブレイブセイバーへと向けられる。
「それにその剣……失礼だが、お主たち、フィーラス様の関係者ではないか?」
「えっ、師匠を知ってるの?」
「師匠……そうか。そうだったのか。お主たちが、レッサルゴルバ様の悪意を浄化する任を帯びた光騎士だったのだな」
 納得したようにゴールディが頷く。
 その目には、尊敬と期待が込められていた。
「そう驚かなくてよい。一部の魔王軍には話が通っておるのだ。お主たちが、此度の浄化の任を託された、とな」
 先にも述べたが、ゴールディが所属するダークマジッカーは、魔王軍の中でも上位の組織だ。
 では何故、同じ十魔王であるレッサルゴルバの暴走に対して他の魔王軍が手出しをしないのかと言うと、これには二つの理由があった。
 一つは、フィーラス達と同じように、魔王と同じ魔界騎士では、『悪意』に侵された魔王を浄化できないからである。
 もう一つの理由は、文字通り彼らが『軍』であるためだ。
 つまり、大規模な組織である魔王軍同士が激突すれば、魔界はおろか、地上も含めて大戦争になってしまう。
 そこで彼らも天界と同じように、必要がある時に『救世主』の手助けをする、といった程度の干渉にとどまっていたのである。
「そうだったんだ……」
 自分たちが魔界でも話題になっていると聞いて、ルストとジンはくすぐったいような感覚を覚える。
「それで、ゴールディはどうしてここに?」
「実は、この館の主であるマッチョ兄弟が、何か良からぬことを企んでいるという報せを受けたのでな。その調査と捕縛のため、拙者が派遣されたという訳だ」
 これまでにも述べたが、基本的にこの世界の魔王軍は、平和維持組織だ。主な活動内容は、災害時の救助活動や、凶悪なモンスターから人々を守る事である。
 言うなれば、こちらの世界の自衛隊に近い。
 そして、その活動内容には、何かしらの悪事を働く魔界騎士の逮捕なども含まれていた。
「実はおれ達も、カラゴラーナの人たちが、ここのマッチョ兄弟に連れていかれたって聞いて……」
 ルスト達は、自分たちがここにやって来た経緯をゴールディに説明する。
「それで、力を貸してくれたら有難いんだけど……」
「無論だ。むしろ、拙者からも頼む。お主たちの力を貸してくれ」
 かくして、一行は魔衝騎士ゴールディを加え、館へと入っていくのだった。

 一方、マッスルハウスの一番奥の部屋。
 そこは広いホールになっていて、奥の方はステージのように高い壇になっていて、そこに二人のマッチョマンが立っていた。
 言うまでも無く、アニキ・マッチョとオトート・マッチョである。
「んんん〜〜〜、ミーたちの肉体って、う・つ・く・し・い!」
 胸を押さえて、首を傾げて、ナルシストポーズ!
 かなり気持ち悪い。オエ〜。
 彼らの眼前では、カラゴラーナ中から連れて来た男たちが熱烈にアニキコールを続けている。
「兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴!」
 その様子を見て、オトート・マッチョが満足そうに頷く。
「フフフ……うまく行きましたね、兄貴」
「うむ。我らの筋肉を見た男は、その魅了魔法で筋肉の虜になってしまうのだ。虜になった男たちを操れば、我らの野望が成し遂げられるのだ! そう世界征服という野望がな!」
「おおーっ!」
 実はこの二人、世界征服を企む悪の魔界騎士なのだ。
 しかも、馬鹿馬鹿しいと思ってみれば、なかなかの作戦である。
「さあ、次の街へ行って、また我らのファンを増やすとしよう」
 アニキ・マッチョがそう言った時だった。

 ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ!

 ホール内にけたたましく警報が鳴る。
「むっ!?」
 二人が傍らにあったバランスボールサイズの巨大な水晶球を覗き込むと、そこには館の地図と、このホールに向かってくる四つの光点が映し出されていたのだ。
「侵入者か」
「よかろう、我らが芸術品で、奴らを出迎えてやろう」
 二人はハニワのような顔で、ニヤリと笑みを浮かべた。

 規則正しく続く廊下を、ルスト達は歩いていた。
 壁も床も大理石で出来ており、外観とは逆に、なかなか上品な造りだった。
「勇者どの、油断めさるな。このような一本道こそ危険だからな」
「え? それって……」
 ハテナマークを浮かべるルストに対してジンが答えた。
「こういった脇道の無い通路は、戦略的にかなり有利なんです。というのも、前方で敵が現れたとして、そちらの対応に追われている時に、後方から追撃が来た場合、挟み撃ちにされてしまいますから」
「なるほど、さすがジン……」
 ルストが感心したように言う。
 その時だ。

 ズシン! ズシン! ズシン!

 前方から重々しい音を響かせて、無数のマッチョマンが現れたのだ。
 いや、違う。よく見ると、それは石像だった。
 マッチョ兄弟そっくりの姿をした石像が歩いてくるのだ。
 石像に仮初の命を与えたリビングスタチューというモンスターだ。
 しかし、自分たちの姿のリビングスタチューを作り上げる辺り、マッチョ兄弟のナルシストぶりがうかがえる。
「よーし、行くよみんな!」
「おう!」
 ルストの号令に、それぞれ自分の武器を構える。

 ヤーラ・ナ・ルォ!
(頑強なるものよ、脆くなれ)

「守備力減退呪文・ソフト!」
 ザコ吉の腕から飛び出した音波が、リビングスタチュー達を包み込む。
 そこへ、
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ドガァァァァッ! ドゴォォォッ!

 ルストのブレイブセイバーとゴールディの薙刀が閃き、脆くなった像を砕き割った。

 ゼー・レイ・ヒーラ・ヴィッセル!
(閃光よ、閃け!)

「閃光呪文・バーネイ!」
 ジンの手から帯状の火炎が吹き出し、炎に包まれた石像は一瞬で炭化して崩れ落ちる。
 彼らを襲撃した数体のリビングスタチュー達は、ものの数分でただの石ころと化していた。


 リビングスタチュー達の襲撃を退けたルスト達は、さらに奥へと進む。
 すると、前方の道が左右に分かれていた。
「どっちの道が正解なんだろう?」
 左右の道を見比べて、ルストが「う〜ん」と首をひねる。
「ここは二手に分かれましょう。ゴールディさん、僕とルストは右のルートを行きます。ゴールディさんとザコ吉さんは、左のルートをお願いできますか?」
「攻撃が得意な奴と、呪文が得意な奴でそれぞれペアを組むってわけだな! 分かったぜ!」
 ザコ吉が腕を振り上げて言った。
 ゴールディも静かにうなずく。
「承知した。二人とも、ゆめゆめ油断めされぬよう」
 こうしてザコ吉達と別れたルスト達は、右の通路を進んでいった。
 と、しばらく歩くと、目の前に光が見える。
「出口だ!」
 二人が走っていくと、そこは例の大ホールだった。
「兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴!」
 アニキコールはまだ続いている。
「な、なにこれ……」
 その光景に、ルストは唖然となった。
 いくら話に聞いていたとはいえ、実際に目にするとそれはかなり衝撃的なものだったのだ。
「ようこそ、可愛らしい侵入者たち!」
「!」
 二人がステージの方に視線を向けると、マッチョ兄弟は相変わらずムキムキポーズをとって二人を見下ろしていた。
「お前たちだな! 街の人たちをさらっていったのは!」
「ふふふ……その通り。ミーの名はアニキ・マッチョ! フンハーッ!」
「そしてミーはオトート・マッチョ! フンッ、フンッ!」
 自己紹介しながらもムキムキポーズをとる二人に、ルスト達はゲンナリした表情になった。
 しかし、いつまでもそうしてはいられない。
 二人は気を取り直すと、マッチョ兄弟に向かって叫んだ。
「お前たち、街の人たちをさらって、何をする気なんだ!?」
「ふっふ〜ん、教えてやろう! 我らの魔法に魅了された者たちを操って、世界を征服するのだ!」
「そんな事はさせないぞ!」
 ブレイブセイバーを構えるルストだったが、マッチョ兄弟は不敵な笑みを浮かべる。
「おっと、彼らを斬れるかな? 彼らはただの街の住人だぞ?」
「くっ……」
 アニキ・マッチョの言う通りだ。
 街の人たちは操られているだけで、傷つけるわけにはいかなかった。
 ルストは悔しそうに唇をかむ。
「ルスト!」
「え?」
 そんなルストに、ジンが近づいて、耳元で何事かささやいた。
「そうか! それで行こう!」
「ん?」
 二人は横に並ぶと、揃って印を組み、呪文を唱える。

 スーカ・ビー・ミーヌ!
(静かに眠りたまえ!)

「睡眠呪文・スリープ!」
 二人の手から音波が飛び出し、その場にいた男たちを包み込む。
 あっと言う間に、男たちは一人残らずその場に倒れて、ぐっすりと眠り込んでしまった。
「やったね! さすがジン!」
「うまくいきましたね!」
 二人は笑顔でハイタッチをする。
 だが、それでもマッチョ兄弟の不敵な笑みは消えていなかった。
「なかなかやるな。では、これならどうかな? フンハーッ!」
「君たちも、我らの勇姿を見るがよい! フンッ、フンッ!」
 二人は揃ってムキムキポーズをとる。

 ムキムキッ! ピクッピクッ!

「ふん、おれ達がそんなもので……えっ……?」
 どうした事か。
 ルストとジンは、ふらふらとマッチョ兄弟の方に歩きだしたのだ。
「ふっふっふ……感情は納得していなくとも、君たちの身体は正直のようだな! 我らの魅了魔法に身体が反応しているのだよ! さあ、このまま身も心も全て浸ってしまうがよい!」
「ちょ、ちょっと、ジン、何とかならない!?」
「ぼ、僕に言われても……」
 二人はなんとか踏みとどまろうとするが、足の方はいう事を聞いてくれない。
「遠慮はいらん! 君たちも美と快楽の世界にウェルカ〜〜〜ム!」
 マッチョ兄弟は、ルスト達を迎え入れるかのように両腕を広げる。
 二人の背中に冷たいものが走った。
 本能的に、
(何かヤバイ世界に引き込まれる!)
 と感じたのだ。
「い、いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 二人は目に涙すら浮かべて絶叫した。
 その時だった。
「ルスト! ジン!」
 二人が入って来たのとは逆側から、ゴールディたちが部屋に飛び込んできた。結局あの分かれ道は、どちらに進んでもこの大ホールに続いていたのである。
「よぉ〜し、ここは俺っちが!」
 ザコ吉はルスト達のもとに走っていくなり、思いっきりお尻に噛みついた。
「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 ルスト達は飛び上がって悲鳴をあげる。
「な、何するんだよザコ吉!……って、あれ?」
「身体が動く……?」
 そう。ザコ吉は、敢えて二人に痛みを与える事で、魅了の魔法を打ち破ったのだ。
 初めてマッチョ兄弟の表情から、余裕の笑みが消えた。
「おのれ!」
「何者だ、貴様ら!」
 そんなマッチョ兄弟の前に進み出ると、ゴールディは手にした薙刀をクルクルと回転させながら、高らかに名乗りを上げる。

「やあやあ、遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我こそは魔衝騎士ゴールディ! 義によって助太刀いたす!」
「魔王軍の魔界騎士か!」
「おのれーっ、ならば貴様もこれを喰らえ! フンハーッ!」
 アニキ・マッチョがムキムキポーズをとる。
 しかし、ゴールディはそれを涼しい顔で見ていた。
「ふっ、拙者にはそのような魔法は効かぬぞ!」
 メタルゴーレムであるゴールディには、神経を撹乱させる魅了の魔法は効かないのだ。
 これこそが、魔王軍が今回の事件にゴールディを派遣した最大の理由だったのである。
「むむむむ、では仕方がない! 鍛え抜かれた我らが筋肉で、貴様らを粉砕してくれるわ! 我らの筋肉は、美しさだけではないのだ!」
 叫ぶなり、オトート・マッチョはステージの上から跳躍し、ゴールディに向かって拳を振り下ろす。
 その拳を、ゴールディは後方に飛んで避ける。
 ゴールディを外したオトート・マッチョの拳は、大理石でできた床をまるで卵でも割るかのように、粉々に砕いてしまったのだ。
「むっ……」
「フンッ、フンッ! どうだ! 我らの筋肉は、実用性にも優れているのだ。今度は本気で行くぞ!」
 オトート・マッチョが全身に力を込めると、筋肉が一気に膨らんだ。
「ミーの素晴らしい筋肉から繰り出されるパンチを受けてみよ!」
 オトート・マッチョは右腕を振り上げながら、一気にゴールディに向かって駆けだした。
 それに対して、ゴールディは、薙刀の柄を両手で構え、その拳を受け止めようとする。
「無駄だ! 仮にオリハルコンだろうと、ミーたちの拳は全てを粉砕する!」

 ガキィィィィィィィィィィィィィィィィィン!

 すさまじい音が周囲に響き渡った。
「なにっ!?」
 驚きの叫びをあげたのはゴールディではなく、オトート・マッチョの方だった。
 彼の拳は、ゴールディの薙刀によって完全に受け止められていたのだ。
「お主たちこそ、魔王軍の魔界騎士を見くびってもらっては困る!」
 あくまで真面目な表情を崩さずに、ゴールディが叫んだ。

 一方、ルスト達三人は、ステージ上でアニキ・マッチョと対峙していた。
「さっきはよくもやってくれたな!」
「今度はそうはいきませんよ!」
 三人は三方から、アニキ・マッチョを取り囲んだ。
 ゴールディとは違って生身である彼らには、マッチョ兄弟の鋼の筋肉を受け止めるなどという事は出来ない。
「小細工など無駄だ! 死なない程度に痛めつけて、今度こそミーたちの虜にしてくれる!」
 アニキ・マッチョはまずザコ吉に襲い掛かった。
 一番非力そうに見える者から潰していこうというのだ。
 だが、アニキ・マッチョは、すぐにこの選択が間違いだった事を知る。
 ザコ吉はニッと笑うと、早口で呪文を唱える。

 ヤーラ・ナ・ルォ!

「守備力減退呪文・ソフト!」
 ザコ吉の腕から波動が飛び出し、アニキ・マッチョの身体を覆いつくした。
 ソフトを受けては、彼の鋼の肉体もたまらない。
 今度はジンの番だった。

 オーゾ・ナル・エー!
(時よ、緩やかになれ)

「減速呪文・スロー!」
 相手の運動神経の働きを鈍くさせ、動きを遅くするスローの呪文と先ほどのソフトの呪文で、アニキ・マッチョの筋肉は全く用をなさない物になってしまった。
「ルスト、今です!」
「よぉ〜し!」
 ブレイブセイバーの刀身に、フレアの炎が宿る。
 炎の剣を構えて、ルストは一直線にアニキ・マッチョに向かって駆けだした。
「火炎斬!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 すれ違いざま、ルストは炎をまとったブレイブセイバーでアニキ・マッチョの胴を横に薙いでいた。
 ルストの斬撃を受けたアニキ・マッチョは、悲鳴を上げて床に転がった。
 ただし、死んではいない。あくまで気絶しているだけだ。
 街の人たちをさらったとは言え、死人が出ていない事、さらにゴールディの目的が彼らの逮捕であったことから、ルストもマッチョ兄弟を懲らしめる程度に力を加減したのだった。
「ふう……」
 ブレイブセイバーを鞘に納めたルストがホールの方を見ると、ちょうどゴールディもオトート・マッチョを叩き伏せたところであった。


 かくして、マッチョ兄弟によるカラゴラーナの男たちを洗脳し、世界征服をするという企みは防がれた。
 ゴールディはマッチョ兄弟を魔界まで連行するため一同と別れ、正気に戻った街の男たちは、ルストが渡したワープフェザーでカラゴラーナへと帰っていった。
「それじゃ、先を急ごう」
「はい」
「おう!」
 その時である。
「お、やっと追いついたぜ!」
 背後から声が聞こえて、ルスト達は振り返った。
 相手の顔を見るなり、ジンの目が驚きのために見開かれる。
「あなたは……」
 そこに立っていたのは、真っ赤な長髪を持った、野性味あふれる少年……。
 バッツだった。

To be continued.


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