ゴールデンマッスル・前編

 首無しナイトと踊る生首を倒したルスト達は、その場でしばらく休息すると、ゆっくりと塔を降りて行った。
 すっかりと日は暮れてしまい、塔を照らすのは、月と星の明かりだけだ。
 主たちが倒されたことにおののいたか、塔からはモンスターたちの姿が消えていた。
 首無しナイトたちとの戦いで疲労困憊していたルスト達には、有難いことだった。

 二人は荷物の中にあったワープフェザーでクロッコの町に戻ると、予約していた宿で一晩を明かし、タノンの屋敷へと向かった。
 深夜に尋ねるのも無遠慮だ、という考えもあったからだった。
 翌朝、屋敷に現れた二人を、タノンは真っ赤に腫らした目で出迎えた。
 どうやら二人の身を案じてろくに眠れていなかったらしく、それを聞いた二人は申し訳なさそうに頭を下げたが、逆にタノンは大喜びで、二人を屋敷に迎え入れるのだった。

「いや、やはり私の目に狂いはありませんでしたな……ま、どうぞどうぞ」
 満面崩れんばかりの笑顔でタノン・ド・リマッカが合図をすると、メイドの一人が急いで進み出て、客のコップに飲み物を注ぐ。
 ルストもジンも子供であるため、勿論ジュース(ちなみにトゥエクラニフでは一五歳から成人扱いなので、お酒も基本的に一五歳になれば飲める)だが、そこはそれ、庶民の一日分の稼ぎが吹っ飛んでしまうほどの高級品だ。
「あ、いや、もう結構です」
 恐縮した二人が、手でコップに蓋をする。
「いいじゃありませんか。ご遠慮なく。いや、私は嬉しい。嬉しくってたまらんのです。あなた方には、本当に感謝しております。ですから、ここはひとつ、存分に……おーい、食べ物はまだか」
 タノンが手を叩くのを合図に、つぎの部屋から山海の珍味を盛りつけた大皿が三つ四つ、しずしずと運ばれてきた。
 ほかほかと湯気が立ち、言うに言われぬいい香りが漂う。
 豪華この上ない大広間である。ちょっとした球技くらいなら出来そうだ。
 黒光りする木材、見事なタペストリー、いかにも値が張りそうな肖像画が至る所にある。
 そんな大広間の広大な食卓の片隅に、三人は座っていた。
 テーブルクロスには汚れ一つなく、間隔を置いて金の燭台が置いてあった。
 その数、少なくとも四〇はある。
 いずれも同じ衣装に同じ体格の小柄なメイドの娘たちが、何人も現れては引っ込んで、なにくれと彼らの世話を焼いた。
 肉を切り分け、ソースを塩梅し、汚れた皿やナイフを下げ、新しい物を並べ、わずかに散ったパンくずさえ、どこからか取り出した小さなほうきと塵取りでササッと片付けてしまう。
 あまりに甲斐甲斐しく面倒を見てもらって、二人の少年はいささか落ち着かないものを感じた。
「あの、ご馳走になって申し訳ないのですが、僕たちはそろそろお暇を……。旅を急がねばなりませんし」
「そうそう、色々とお世話してくれるのは有難いんですけど……」
 いそいそと席を立とうとする二人を、タノンが引き留める。
「まあ、待って下さい。この街の危機を救ってくれたお二人を、十分にもてなさずに帰したとなれば我が家の恥です。今日は存分に召し上がって下さい」
(困ったなぁ……)
 二人は顔を見合わせると、小さくため息をついた。
 結局ルスト達は、その日一日ご馳走攻めにあい、次の日になって、逃げだすように町を出た。

「いやあ、あんなご馳走、二度と食べられないかもね……」
 お腹をさすりながらルストが言った。
 彼らはクロッコを出て街道を東に、ジプサンの方へと向かっていた。
「そうですね。タノンさんは、まだ僕たちを帰したくなかったみたいですが……」
 苦笑しながらジンが同意する。
 その手は、金箔の貼られた薄いカードをもてあそんでいる。
 タノンがせめてもの礼と、二人に渡したゴールドカード……いわゆる割引券だ。
 これを持っていれば、タノンが会長を務めるリマッカ商会関連の店舗は、通常の半額で買い物などが出来るのである。
「また随分、たいそうな物をもらっちゃいましたね」
「まあ、旅してるおれ達には、丁度いいかもね」
 その時である。
「やあ、お見事だったね、二人とも」
 頭上から声と、パチパチと手を打つ音が聞こえ、二人は立ち止まって上を見上げた。
 見ると、近くにあった一・五シャグル(約五メートル)ほどの岩のてっぺんに座って、微笑みながら拍手をしている男がいた。
 黒衣に大きな肩当を付けた青年――
「先生!」
「ファースト様!」
 そう、天界騎士の一人、ファースト・フルートである。
 ファーストは岩から飛び降りると、おもむろに二人の方へと歩いてくる。
 そして、ジンの前に立つと立ち止まった。
「先生……?」
「久しぶりだね、ジン」
 どちらも、相手をじっと見つめたまま視線を離さない。
 やがて、フッとファーストが微笑みを浮かべる。
 そして――抱きしめ!

 ドゴォォォォォォォォォォォォッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ジンの拳がまともにファーストの顔面を直撃し、ファーストは綺麗な弧を描いて地面に叩きつけられた。


「だから! 人前でそういうのはやめてって、いつも言ってるでしょ! いい加減にしてよ爺ちゃん!」
 肩でゼイゼイと息をしながら、ジンが怒鳴る。
 その様子を、ルストは唖然とした様子で見ていた。
 いつも丁寧なジンが砕けた口調で話しているのもさることながら、普段は大人しくて決して自分から人に手を上げる事のないジンが、師であるファーストの、しかも顔面に容赦なく鉄拳を叩き込んだという事実が、ルストにある種のパニック状態を引き起こさせたと言っていい。
 そんなルストの視点に気が付いたのか、ジンが慌てて咳払いをする。
「ごほん……お見苦しい所を見せてしまい、すみません」
「いや、それはいいんだけど……。大丈夫なの、ファースト様?」
 汗ジトで呟くルストだが、ジンはタメ息をつく。
「いいんですよ、いつもの事ですから……」
 見れば、ファーストは顔面に拳の跡を残しつつ、立ち上がって微笑みすら浮かべている。
「全く、ジンのいけず……。久しぶりに会ったんだからいいじゃないか。かれこれ二〇〇年ぶりだっけ?」
「あのね……。一年ちょっとでしょう。全く、不老不死だからって時間の感覚が薄いんですから」
 呆れたようにジンが頭をかく。
「それで、一体どうされたんです? まさか、わざわざ僕の顔を見に下天してきたわけではないのでしょう?」
 ジンの口調は相当にトゲトゲしかったが、ファーストは全く気にする様子も見せず、得意げな笑みを浮かべて言った。
「もちろん。新しい神器を作ったから、君たちにプレゼントしに来たのさ。ほら」
 そう言ってファーストが取り出したのは、一見するとただの手鏡だった。一応、周囲は神秘的と言えなくもない装飾が施されている。
 因みに『神器』とは、天界や魔界の高度な技術で作り出された特殊なアイテムだ。
 一般の人間には使用する事が出来ず、使いこなすには、基本的に天界や魔界で修業した者の魔力が必要とされる。なお、ルストのブレイブセイバーや、ジンの錫杖も神器である。
 そもそもファーストは、かつて世界を救った功績以外に、その卓越した神器制作の技術を見込まれて十神騎士入りしているのだ。
 閑話休題(それはさておき)――
「これは……?」
「ふふん、これはフォルセティの鏡さ!」
 胸を張って答えるファーストに、ルストとジンの二人はハテナ顔。
「フォルセティの鏡……?」
「そ。この鏡を使えば、たとえどんな変身の魔法や幻術を使っていたとしても、たちどころに真実を映し出すことが出来るのさ」
「へぇ〜……」
 説明を受けて、ルスト達がしげしげと鏡を見つめる。
「それじゃあ、二人とも頑張ってね。また何か発明したら持って来るから。それからジン、ちゃんと朝昼晩食べるんだよ。あまり夜更かししないようにね。出来るだけ歯も磨くんだよ」
「ああもう、分かりましたから! さっさと帰って下さい!」
「あはは、じゃあね〜♪ 瞬間移動呪文、テレポー!」

 ビュワーン! ビュワーン!

 ムキになって怒鳴るジンに、ファーストは満足そうにひらひらと手を振ると、そのまま瞬間移動呪文で遥か空の彼方へと消えていった。



 天界に戻ったファーストは、そのまま天界の本島とも呼べるコウジン島へと向かった。
 この天界を治める天帝に、神器の件を報告するためである。
 コウジン島の中心に、荘厳な宮殿が建っている。天帝が住む、天善宮(てんぜんぐう)である。
 ファーストは、その天善宮の中へと入っていった。
 天帝の間へと向かう途中、ある人物とばったり出くわす。
 背は高く、鍛え抜かれた肉体を甲冑が覆っている。見た目はフィーラスやファーストと同年代に見える男性だ。
 その人物の方でも、ファーストの姿を認めると、親し気な笑みを浮かべた。
「ファースト!」
「マスタレス!」
 そう。
 彼こそかつての岡野盛彦――現在では、フィーラスやファーストと同じ十神騎士の一人、マスタレス・ヒルズテイルであった。
「天帝様に謁見した帰りかい、マスタレス?」
「ああ。オレの所のバッツも、地上に降りる事になったからな。ファーストは?」
「私の方は、新しい神器をルスト君たちに渡してきたから、その報告にね。そうか。ついにバッツ君も、今回の任務に加わるんだね」
「オレとしては、もうちょっと鍛えてからにしたかったんだけどな。あいつがどうしても、って言うもんでな」
 口ではそう言っているものの、マスタレスの顔は嬉々として輝いている。バッツの実力に確かな自信を持っている証拠だった。
 ファーストはそんなマスタレスを見ながら、
(結局、オレらってみんな似た者同士だよな……)
 と、一人苦笑するのだった。

 一方、ルストとジンがファーストと別れてから、さらに一週間が過ぎた。
 二人は着実にジプサンへと歩を進め、いまやジプサンの城は目前と言える場所まで来ていた。
 道中、二人は様々なモンスターの襲撃を退けていた。
 ドラゴンタワーで死闘を繰り広げたものと同種のアンデッドモンスター、踊る生首。悪の魔力で死の世界から蘇った首無しの戦士、死体兵士。呪文の力を身に着けたメイジスライム。
 だが、これまでの旅は、着実に二人を強くしていた。群がるモンスターたちも、彼らの敵ではなかったのだ。
 さらに一日を真東へ、最後の一日はわずかに北へ。一行はジプサンの王城の街にたどり着いた。

 このジプサンの城下町は、ルストが住むスタート町があるサレラシオ大陸の中心地である。
 城を中心とした町は、商人たちの領分だ。迷路のように入り組んだ街路は、どこもかしこも天幕を張り巡らしてあり、雨の季節にも濡れずに歩け、日差しの強い時にはそれを遮るようになっていた。
 この天幕の合間を縫い、肩をすり合うようにして建った背の高い建物同士を自在につないだ綱や紐には、それぞれの店の売り出し品を表す旗印や目を引く宣伝、日常の洗濯物が、ごた混ぜに翻っている。
「へいっ、いらっしゃい、いらっしゃい!」
「イキがいいよ! うちの魚たちはサイコーだっ!」
「買わなきゃ損だよ! 損! おっ、そこの奥さん、見てって! 見てって!」
 ハチマキ姿の若い衆が、あらん限りの声を張り上げている。
 二人は混雑を抜け出し、城へ続く敷石の道へと出てきた。
 こちらは打って変わって静かである。道に面した家々は、いずれも背の高い塀で敷地を囲っており、通りがかる住人も少ない。
 道はやがて深い堀を越える跳ね橋に続いた。
 要塞のような城門の前に到着すると、おもむろに跳ね橋が下がり、以前、ルストとも顔を合わせた事のある兵士たちが中に迎え入れた。
 この城門を抜け、石畳の坂道をのぼると、階段の上に中門がそびえていた。
 その中で、パトロが待っていた。パトロは久々に息子の顔を見ると、白い歯を見せてニッと笑った。
「二人とも、少し見ない間に立派になったな」
 父に褒められ、ルストの顔は嬉しさと気恥ずかしさで赤く染まる。
「さあ、国王陛下がお待ちだ。案内しよう」
「はい」
 二人はパトロと数人の兵士に案内され、謁見の間へと通された。
 この国を通過するための手形を発行してもらうためだ。
 やがて現れた国王、ジプサン・ミュゼラ・ダヌシードは、恰幅の良い、好々爺然とした老人だった。
 いかにも温厚そうで、例えるなら、王冠を被ったサンタクロースとでもいった感じである。
「一同の者、面を上げい」
 ひれ伏しているパトロやルスト達に向かって、ダヌシード王が声をかける。
 普段は天真爛漫なルストも、この時ばかりは緊張で表情を硬くしていた。
 そんなルストの表情を見て取ったか、ダヌシードはニッコリと笑って言った。
「そう緊張せずともよい。ふうむ、そちがパトロの子か。父親に似て、まこと凛々し気な子じゃの」
 照れのためか、ルストは再び頭を下げる。
 パトロの方は、心なしか、わずかに嬉しそうな表情でそれを見ていた。
「此度の事、パトロ、そして天界騎士様より聞いておる。喜んで手形は発行しよう。まずは、旅の疲れを癒すがよい。手形は、明日、そち達のもとへ届けさせるでな」
「有難う御座います」
 二人は深々と頭を下げる。
 その日二人は、ダヌシード王が手配した城のすぐ下にある宿で一夜を明かすことになった。

 翌日、ダヌシードから国内通行の手形をもらった二人は、パトロと別れ、再び出発した。
 別れの挨拶は手短だったが、王は旅に出る二人のために、食料や路銀の足しと、役に立つアイテムなどを用意してくれていた。
 二人の旅は順調で、次の目的地であるカラゴラーナの街までは、ひと月かかるかかからないかの予定だった。
 季節も夏が過ぎ、涼し気な風が吹く秋に入りかけていた。
 その日も二人は、適当な岩場か木陰を探して野宿しようと考えていた。
 日は斜めに傾き、辺りを赤く染めている。
「あれ?」
 それに気が付いたのはルストだった。
 ふと前方に、倒れ込んでいる幼児くらいの影を見つけたのだ。
 駆け寄って見ると、それはモンスターだった。
 顔と手足が付いた、キノコのようなモンスター――ただのザコI世である。
 ザコは気を失っているのか、目を閉じてピクリとも動かない。
「どうしたんだろ。他のモンスターにやられたのかな……?」
 と、

 グゥゥゥゥゥゥ〜ッ

 ザコの腹から盛大な音が鳴った。
 その音に、ルストとジンは思わず顔を見合わせるのだった。
 しばらくしてザコは目を覚ますと、二人が差し出した食料を猛烈な勢いで食べ始めた。
 ルストにしてもジンにしても、敵意が無いのであればモンスターであろうと困っている者は見過ごせないし、そもそもジンに至っては、ついこの間まで魔王軍にいたのだ。
「ガツガツ! モグモグ! ングッングッ!」
 小さな身体のどこにそんなに入っているのか……二人はその光景を唖然と見守るばかりだ。
 もし、クロッコで買い足した分や、ダヌシードにもらった食料がなければ、とっくに彼らの分まで食いつくされていただろう。
「ふぃ〜っ、生き返ったぜ! ありがとな!」
 最後の肉を豪快に口の中に押し込んで飲み干すと、ようやくザコが満足そうに微笑んだ。
「君、言葉が話せるの?」
「おおっと、バカにしちゃいけねえよ。こう見えて、俺っち達ザコ族は頭がいいんだぜ。人語からゴブリン語までなんでもこいよ!」
「へぇ〜……」
 感心したような表情を見せるルストの前に、ザコは手をついて頭を下げた。
「見ず知らずの俺っちに、貴重な食いもんを恵んでくれてありがとな! 俺っちはザコのザコ吉!」
「おれはルスト」
「僕はジンです」
 二人はザコ吉に自己紹介をすると、簡単に旅の目的を説明した。
 ザコ吉は二人の話を、ふむふむと頷きながら聞いていたが、やがて決意の表情になって言った。
「そうか、最近、他の連中が凶暴になってたのは、そんなわけがあったんだな……。よっしゃ! 命を救ってもらったお礼に、是非俺っちも、お二人さんのお供をさせてくれ!」
「ええっ?」
 二人は顔を見合わせる。
 そんな二人の様子に、ザコ吉は鼻の辺りをこすって笑った。
「心配すんな。こう見えても、俺っち、ザコ族の中じゃ強いんだぜ。決して損はさせねえからよ!」
 とうとう押し切られる形で、ザコ吉は二人のパーティに加わった。
 因みに二人が一番驚いたのは、見た目は可愛らしい容姿のザコ吉が、人間で言えば既に二〇歳近い年齢だった事だったとか。



 ザコ吉を加えた一行は、さらに南下してカラゴラーナの街に向かった。
 自己紹介の時の文句通り、ザコ吉は、この旅路でかなりの活躍を見せていた。
 攻撃の強力な死体兵士に対しては、ハーダーの呪文で仲間の守備力を上げ、固い装甲を持つエッグソード相手には、その鋭い牙で殻を噛み破る。
 しかも生来の小ささとすばしっこさが相まって、戦場でちょこまかと駆け回る彼を捕らえられる相手はいなかった。
 明日にはカラゴラーナに到着と言う夜。
 その日も彼らは、野宿に適した地形を見つけると、焚火で食料を調理した。
 そんな中、ルストは美味しそうにキノコのような切り身を頬張るザコ吉を、少々怪訝な表情で見つめていた。
 というのも、その切り身はただのザコII世の身で、しかも仕留めたのは他でもないザコ吉なのだ。
「どうしたんだ、ルスト?」
 視線に気づいたザコ吉が、不思議そうな表情でまじまじとルストの顔を覗き込む。
「いやその、それって、ザコII世の肉だよね?」
「そうだけど?」
「その……大丈夫なの?」
 ルストとしては、
「同族を食べる事に抵抗感は無いのか」
 という訳だ。
 しかし、ザコ吉は当たり前のように返答する。
「だって、こいつらは俺っち達を襲ってきたじゃん」
「そりゃそうだけど……」
「自分に害をなす奴を倒すって、悪いことか? そういう奴らに殺されちまって、生きる事を放棄する方がよっぽど悪い事だと思うけどよ」
 ザコ吉の言葉を、ルストは黙って聞いていた。
 弱肉強食、食物連鎖。
 モンスターの中には社会的な組織を営むほど高い知能を持つ者たちもいるが、倫理観は野生のそれだ。
 肉食モンスターに草食モンスターが食べられてしまう例などいくらでもあるし、誰も悪いこととは思っていない。
 ジンの方はというと、そんなザコ吉の態度に特に疑問を抱くことなく食事を続けていた。
 彼も彼で、魔王軍に在籍していたので、その辺りの事情はよく理解しているという訳だ。
 ルストは改めて、人間とそうでない者たちとの価値観の違いを知るのだった。

 翌日、一行は昼前にカラゴラーナへと到着した。
 カラゴラーナの街は、内海に面する港町で、大きな灯台と、老舗の大きなレストランが名所となっていた。
 街に入っていった三人(正確には二人と一匹であるがややっこしいので、以後、ザコ吉も一人と数えるのでよろしく!)は、妙な光景を目にした。
 街の中にいるのは、老若問わず女性ばかり。男の姿が全く見えないのだ。
「カラゴラーナって、女の人ばっかりの町だったっけ……?」
「まさか。そんなガーデ●ブ●グじゃあるまいし……」
 二人は通りかかった女性に尋ねてみた。
「あの、すみません。どうしてこの街には、男の人がいないんですか?」
 尋ねられた女性は、雲った表情で答えた。
「それが……」

 この街が奇妙な事件に巻き込まれたのは、数日前の事だった。
 ごくごく平和な日常の光景の中、そいつらは現れたのだ。
「フンハーッ!」
「フンッフンッ!」

 ムキムキ! ピクッピクッ!

 建物の屋根の上に、二人のマッチョマンが立っていた。
 二人とも、惚れ惚れするような筋肉の持ち主だ。
 スキンヘッドで、全体の雰囲気に似つかわしくない、ハニワのような目と口。
 外見はほとんど同じだったが、一人は額に「兄」、もう一人は「弟」と書いてある。

 ムキムキ!

 彼らがポーズをとるたび、筋肉が躍動する。

 ピクッピクッ!

 手を下で組むと、マッチョマンには欠かせないと言われる、あの胸のピクピク動きが遠目で分かるほどよく見える。
「フンハーッ!」
「フンッフンッ!」

 ムキムキムキ! ピクッピクッ!

 二人は調子に乗ったようにポーズを取り続けた。
「なんだ、なんだ!? おーっ?」
 最初、何事かと見ていた野次馬たちだったが、その内に彼らの目つきがおかしくなっていった。
 それも男だけ。
「な、なんて素晴らしい筋肉なんだ……」
「あれこそ人類の美だ……」
「男らしい! 神の作りたもうた、美しき肉体!」
「あー……それに比べて、オレの身体は……」
 半数の男たちが自信を無くしたようにその場に座り込み、残りの半分は、マッチョマンたちのいる建物の下に結集した。
「兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴!」
 彼らのアニキコールが起こる。
 その声援に応えるように、二人はさらにポーズを取り続けた。

 ムキムキ! ムキムキ! ムキムキムキッ!

「フンハーッ!」
「フンッフンッ!」
「兄貴ーッ!」
 老いも若いも関係ない男たちの行動に、女たちは目を丸くするが、その誰も彼らの行動を止めることが出来なかった。
 ある家族連れなどは――
「ちょっと、あなた! 帰るわよ!」
「パパ〜、変!」
「ええい、黙れ! お前たちにあの筋肉の素晴らしさが分かるか! オレは……オレはもう筋肉の無い生活なんていやだーっ!」
 一事が万事こんな調子。
「兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴!」
 アニキコールはいつまでもやむことが無かった。

「それで、街にいた男の人たちは、みんなその二人について行っちゃったの」
 ため息交じりに、女性が話し終える。
 話を聞いていた三人は、顔を見合わせた。
「一体なんなんだろう、そのマッチョマンたち……」
「ん……どうも臭いですね。もしかするとそのマッチョマンたち、特殊な魔法使いかも知れません」
「と言うと?」
「要するに、魅了(チャーム)の魔法を使って、街の人たちを連れて行ったかもしれない、という事です」
「でも、どうしてそんな事を……?」
「さあ、そこまでは……」
 ルストの問いに、ジンは頭をひねるばかりであった。

To be continued.


戻る