攻略! ドラゴンタワー

 スタート町を出発して三日。
 ルストとジンの二人は、街道をひたすら南下していた。
 予定では、明日の昼頃には近くにあるオカシ村に到着する予定だった。
 この村は戸数三百弱の小さな村だが、かつてフィーラス(石川)達がトゥエクラニフを冒険したころから存在するという、歴史ある村である。
 ここまで来る間、二人は様々なモンスターに襲われた。
 最初に襲い掛かって来たのは、人間の幼児程度の大きさの、キノコに短い手足と顔を付けたようなモンスターだった。
 昔からトゥエクラニフに生息しているモンスターで、ただのザコI世という。
 こいつに負けるようであれば冒険者には向いていないと言われるほど弱いモンスターだが、それでも小型犬並みの顎を持っているので、油断をすると怪我をする。
「キキーッ!」
 ザコは牙をむいて飛びかかって来た。
 が、さすがに修練を重ねてきたルストの敵ではない。
 ルストは素早く身をかわすと、手にしたブレイブセイバー2で、あっと言う間にザコをスライスにしてしまった。
「おお〜、さすがです」
 感心したように、ジンが手を打った。
 それからジンは、数分前までザコだったスライスキノコをまとめると、持っていたナップザックの中に放り込んだ。
 これは魔法がかかったナップザックで、トゥエクラニフの冒険者にとっては必須アイテムだった。
 中が魔法で異空間に繋がっており、いくらでも荷物を入れることが出来る。
 しかも取り出したいものを頭に浮かべれば、いつでも間違いなく、そのアイテムを取り出すことが出来るのだ。
 要するにドラ●もんの四●元ポ●ットのようなものである。
 なお、何故ジンがザコのスライスを回収したのか、という点については、後ほど述べるとしよう。
 巨大なアメーバーに、つぶらな瞳を付けたようなモンスターにも襲われた。
 やはり、昔からトゥエクラニフに棲息しているスライムというモンスターだ。
 こいつのゲル状の身体は、見た目よりも手ごわい。
 剣で斬りつけようにも、すぐに切り口がつながってしまう。
 しかも顔に飛びかかられたりしたら、呼吸困難に陥ってしまうのだ。
「ルスト、ここは僕に任せて下さい」
 ジンが錫杖を構えて前に出る。
 彼は見た目通り華奢で非力だが、その代わり、魔法に関しては類稀なる才能を持っていた。
 この世界には、いわゆる攻撃系の魔法を得意とする『魔導士』と、回復・補助系の魔法を得意とする『法術士』がいるが、ジンはそのどちらの系統の魔法も使いこなす事が出来る『魔術士』なのだ。

 カ・ダー・マ・デ・モー・セ!
(火の神よ、我が敵を焼け!)

「火炎呪文・フレア!」

 ヴァシュゥゥゥゥッッ!

 ジンの手の平から、野球ボールくらいの大きさの火の玉が飛び出して、スライムをとらえる。
 火球を受けたスライムは、あっと言う間に身体の水分が蒸発し、カチンコチンに干からびてしまった。
 こうして二人は、互いにサポートをしながら、確実に歩を進めていった。

 その夜――
 すっかりと日が暮れてしまい、適当な岩場を見つけた二人は、そこで野宿する事に決めた。
 近くにはうっそうとした森が広がっている。
 そこで集めて来た枯れ枝に、ジンがフレアの呪文で火をつけた。
 パチパチと音を立てながら燃える火で、ナップザックから取り出した干し肉や、スライスしたザコをあぶる。
 この世界には、現実世界の動物と同じく加工製品の原料や、食材となるモンスターも数多く存在する。
 ザコもキノコのそのものの見た目通り、味は上質なシイタケ、食感はエリンギに似ていて、大変美味だ。
「手際いいね、ジン」
 携帯用の小型ナイフで、手慣れたように器用に食材を切り分けて調理するジンに、ルストが感心したようにため息をついた。
「先生から仕込まれましたからね。ルストは、料理するのは苦手なんですか?」
「うん、あんまり得意じゃない……」
「そうですか。それじゃ、今度教えてあげますね」
「有難う!」
 そんな会話をしながら、ルストとジンは夕食を済ませた。

 腹を満たした二人は、交代で見張りをしながら休むことにした。
「それじゃあ、ルストは先に休んでください」
「ん、ありがと、ジン」
 ルストが横になろうとした、丁度その時だ。
「!?」
 頭上に殺気を感じ、反射的に二人はその場から飛びのいた。
 直後、二人の眼前に影が二つ降り立った。
「フフフフフ……見つけたぞ、裏切り者のジン。そして勇者の少年よ」
 現れたのは、スタート町のカフェテラスにいた男と女。
 ブラッディ・ジャバットと、マリー・ジャバットであった。
「フフフフフフ……」
 二人は不敵に笑い、ルスト達を見据えている。
 今一つ状況が理解できない二人だったが、目の前の二人が味方でない事だけは分かった。
「何者だ、お前たち」
 至極当然の質問を二人にぶつける。
 当たり前のことだが、刺客は本来こういう質問に答えず、黙々と任務を遂行するものである。
 だが、ジャバット兄妹は違った。
 二人は胸を張り、手足を広げて大仰なポーズをとると、大胆不敵にも名乗りを上げたのだった。
「我こそはレッサル軍影の討伐隊、ブラッディ・ジャバット!」
「同じく、マリー・ジャバットですわ!」
 ほとんどノリは遊園地のヒーローショーのそれだ。
 だいたい、自分で『影の討伐隊』などと名乗る影の討伐隊がいるか!?
 ところが二人はそういう揚げ足取り的な疑問を一つも抱かずに、強大な敵に出会った正義の味方のごとく、緊張して二人に対峙していた。
 特にジンの方は、驚愕に満ちた表情で叫んだ。
「ジャバットですって!?」
「ジン、知ってるの?」
「ええ。ジャバット兄妹。レッサル軍直属の、闇の粛清隊です。噂では、彼らに狙われて生き延びた者は居ない、任務を遂行するためならば手段を択ばない、彼らによって滅ぼされた町もある、と言われています」
 真剣な顔でルストに説明するジンに、今度はジャバット兄妹の方が、面食らったようにポカンと口を開けてしまった。
 そっとマリーがブラッディに耳打ちする。
(お兄様……なんか、私たちの噂にものすごく尾ヒレがついてません?)
(そうだな……)
 一瞬汗ジトになる二人だったが、ブラッディはコホンと一つ咳払いをすると、二人の方に向き直った。
「ふふふ、我らの事を知っているのなら話は早い。大人しく投降せよ」
「抵抗しないのなら、手荒な事はしませんわ」
 だが、当然二人の答えはノーだ。
「嫌だ!」
「使命を果たすまで、僕たちはやられるわけにはいかないんです!」
 その答えを予測していたのか、ブラッディがニヤリと笑みを浮かべる。
「ならば仕方がない。力づくで連れて行くまで!」
 ルストとジン、そしてブラッディとマリーは戦闘態勢をとって向き合った。
「マリー、ジンの方は任せたぞ。私は勇者の少年をやる」
「お任せください!」
 ルストの前にブラッディが立つ。
 サングラスを外すと、その目が真っ赤な光を放った。
「魔人態!」
 叫ぶや否や、ブラッディの身体に変化が起こる。
 手は鋭く爪が伸び、腕からは巨大な皮膜が広がる。
 口は大きく裂け、耳は巨大化し、さらに全身を獣毛が覆っていく。
 次の瞬間、ルストの前に立っていたのは、巨大な二足歩行をする吸血コウモリだった。
 これこそ魔族最強の戦闘形態、魔人態である。
 魔族と人族、双方の力を併せ持ち、格段に戦闘能力が上がるのだ。
「行くぞ、少年!」
 ブラッディは目にもとまらぬ速さで上昇すると、一気にルストに飛びかかった。
「くっ!」
 鋭い爪の一撃を、ルストはブレイブセイバーで受け止める。
「ふふふ……まだまだ行くぞ!」
 ブラッディは素早くルストから離れると、再度空中に飛び上がった。
 一方、
「覚悟なさい!」

 ガガガガガガガガガガガガガッ!

 マリーが傘をジンに向けると、その先端から無数の光弾が飛び出した。
 マリーの傘は魔法銃(マジックピストル)だったのだ。
 魔法銃とは、名前の通り、使用者の持つ魔力を弾丸とした銃型武器のことである。
 そのため、持ち主の魔力量が多ければ多いほど、威力や弾数も上がる。
 科学技術がそこまで発展していない地上世界ではほとんど出回っていないが、地上よりもはるかに進んだ科学技術を持っている天界や魔界では、とっくの昔に実用化されているのだ。
「うわわわわっ!」
 飛んできた光弾を、ジンは転がって避けた。
 こちらの戦いは、一方的にマリー有利に進んでいた。というのも……。
「どうしたんですの!? 何故、反撃しないのです!?」
 そう、ジンはマリーの攻撃を避けるばかりで、一切攻撃しようとしなかった。
 別に魔力が切れているわけではない。
 実を言うと、ジンは相手が女の子という事で攻撃できなかったのだ。
 例え敵でも、彼に女の子を撃つ攻撃魔法は無い。
 意外と漢(オトコ)なのだ。
 だが、そんな戦い方ではあっと言う間に追い詰められてしまうのは明白だ。
「わっ!」
 ドンッ、と、ジンの背中を木が打つ。
「追い詰めましたわよ。そちらに戦う気が無いのなら、それでも構いません。このまま血を吸って、グールとして私のしもべにして差し上げますわ」
 ギラリと鋭い犬歯をのぞかせて、マリーが笑う。
 もしかしたらもう気づいている人もいるかも知れないが、彼女達兄妹はヴァンパイアだったのだ。
 と言っても、トゥエクラニフのヴァンパイアは、こちらの世界のヴァンパイアとは少し違う。
 アンデッドモンスターではなく、吸血コウモリのモンスターを祖先とする、血の通った魔族の一種族なのである。
 そのため、ニンニクや十字架を恐れるといった事も無いし、流れる水の上を渡れないといった事も無い。
 主食は血液だが、普通に飲み食いも出来るし、昼間でも出歩ける(とは言え、かの『ブラム・ストーカー』の小説に登場するドラキュラも、日中は怪力以外の力が発揮できないだけで、普通に出歩いていたりするが)。
 そして『グール』とは、彼らに“餌”として吸血された者の成れの果てで、吸血鬼になりそこなったゾンビのような存在である。
 もはや生前の意識は失われ、主人の吸血鬼に従うだけの存在になってしまうのだ。
「大丈夫、痛みは一瞬ですわ! むしろ、ちょっとくすぐったいですわよ」
 牙をむき出しにして、マリーはじりじりとジンとの距離を詰めていった。
 さて、ルストの方はと言うと、何とかブラッディの攻撃をしのいでいたものの、善戦と言うにはほど遠い状況だった。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 岩を踏み台にして飛び上がり、空中のブラッディに斬りつけるが、元々飛行能力を持っているブラッディはそれを易々とかわしてしまう。
「はっはっは、遅い遅い!」
「じゃあ、これならどうだ!」
 ルストは剣を収めると、印を組んで呪文を唱える。

 カ・ダー・マ・デ・モー・セ!

「火炎呪文・フレア!」
 ルストの手から火球が飛び出すが、それすらもブラッディは容易く避けてしまう。
「今度はこちらから行くぞ! ダークネス・ノイズ!」

 ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!

 ブラッディの翼から、質量を持った音波がルストを襲った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 思わずルストは吹っ飛ばされ、地面にたたきつけられる。
 背後は先ほどルストが踏み台にした岩だ。
「とどめだーっ!」
 再び上空に上がったブラッディが、速度を付けて滑空してくる。
「くっ……」
 何とか立ち上がったルストだが、ダメージが抜けきっていないのか、ふらりとよろけてしまう。
 眼前までブラッディが迫った時、ルストは再び地面に倒れ込んでしまった。
 が、これがルストにとって、思わぬ逆転のチャンスとなる。
「いいっ!?」
 いきなりブラッディの視界からルストの姿が消え、代わりに岩の壁が出現していた。
 驚いたのは一瞬だったが、その一瞬が命取りとなった。
 スピードを落とすという判断が遅れてしまったのだ。
「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 直後、悲鳴と共に凄まじい激突音が響き、ブラッディの顔面は岩にめり込んでいた。
「ぐぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
 同時に魔人態の変身も解け、青い鼻血を流しながら、ブラッディは目を回して地面にひっくり返ってしまう。
 前もってサングラスを外しておいたのが、不幸中の幸いか。
 もしサングラスをかけたままでいたら、割れたレンズで彼の顔はさらにズタズタになってしまっていただろう。
「お、お兄様!」
 ジンを追い詰めていたマリーが、血相を変えて駆け寄ってくる。
「お兄様! しっかりして下さいまし! 勇者さん、よくもやって下さいましたわね!」
 ブラッディを抱き起こしながら、キッと涙目で睨みつけてくるマリーに、思わずルストは汗ジト。
「いや、何もやってないんだけど……」
「くっ、今回はここまでですわね。でも、覚えておきなさい! あなた達は、必ず私達が粛清して差し上げますわ!」
 過去何度と使い古された捨て台詞を残して、マリーはブラッディを抱えたまま、その場からあっと言う間に消え失せてしまった。
「何とか……助かりましたね」
 ルストの方に歩いてきながら、安堵したようにジンが呟いた。
「そうだね……。でも、あいつ、すごく強かった。もっとおれ達も強くならないと……」
 偶然とブラッディのうっかりが原因という、自身の実力以外の要因でその場をしのいだルストは、悔しそうに拳を握り締める。
 結局その日は、再度の敵の襲撃を警戒して、二人は一気にオカシ村に向かうこととなった。



 オカシ村は、前述の通り小さな村だが、この村にしかない特徴があった。
 それは、村の中央に立っている巨大な樹だ。ざっと見て、高さは七シャグル(約二四・五メートル)、幹回り四シャグル(約一四メートル)はある。
 地面に張り出した根。
 立派な枝には葉が茂り、そこにはたわわに果実が実っている。
 その果実というのが、なんとお菓子なのだ。
 プリン、ケーキ、クッキー、マシュマロ、さらには桜餅やおせんべい……。ありとあらゆるお菓子が枝に揺れている。
 しかも、これがまた極上の美味しさなのだ。
 このお菓子は、村の特産品となっていたが、同時に「一人一日につき一つしか取ってはいけない」という決まりもあった。
 夜が明ける頃、村に到着したルストとジンは、朝日に照らされるお菓子の大樹をしばらく眺めた後、広場から東にある温泉宿に向かった。
 幸い受付は二十四時間でやっていたので、二人はすぐに部屋を取ることが出来た。
 二人は前金で宿賃を払うと、奥にある露天風呂に向かった。
 お菓子の大樹だけでなく、湧き出る天然温泉もこの村の名物だった。
「ふーっ、生き返るね……」
 いつもつけている鉢金型の兜も外し、ルストは桶の湯を頭からかぶって旅の疲れと一緒にほこりや汗を洗い流す。
「そうですね」
 同じように、横で長い髪を丁寧に洗っているジンが答えた。
 ジンの黒髪はよく手入れされていて、さらさらで、お湯に濡れると綺麗に光った。
 男同士にかかわらず、思わずルストは見とれてしまう。
「ど、どうしたんですか、ルスト……?」
 視線に気づいたのか、ジンが不思議そうな顔をする。
 その声に、ルストもはっと我に返った。
「あ、ごめん。なんか、ジンの髪、綺麗だなぁって……」
「ど、どうも……。でも、僕はルストの方が羨ましいです」
「?」
「ほら、僕ってこんなに細いし、力だって強くないですし……。ルストは鍛えられてますし、強いですし……」
 ジンの言う通り、ルストの身体は決してマッチョではないが、適度に筋肉もついていて、締まっている。
 自分の身体をまじまじと見つめ返してくるジンに、今度はルストの方が恥ずかしそうに縮こまった。
「でも、おれはジンの魔法もすごいと思うよ。おれだったら、あんなにたくさんの呪文、使いこなせないもん。それに料理だって上手だし。どっちもどっちの良さがあるんじゃないかな」
「そうですか……。先生以外からそんな事を言われたの、初めてです。有難う御座います、ルスト」
「こっちこそ♪」
 この後二人はお互い背中の長しっこをした後、揃って風呂上がりのフルーツ牛乳を楽しんだという。

 それからオカシ村で必要物資を買い足した二人は、二日後、クロッコに向かって出発した。
 ちょうど季節は夏を迎えたばかりで、日の出は早く、日の入りは遅かった。
 村を背にして一刻も歩けば、辺りは見渡す限りの穏やかな丘、低くうねりながらどこまでも続くハジマラーの大地となる。西のドゥイナー河沿いの低地一帯は、不毛な砂丘地帯に覆われていて、耕作には適さない。
 この季節はまた、うっとうしいほどに雨が多かった。朝には霧、昼には小雨、夕暮れともなると、渦巻いた雲の間に稲妻も走る。
 たっぷりと湿り気を帯びた空気は夜にはそよとも動かず寝苦しく、そのくせ明け方になると、息も白くなる程うすら寒くなる。
 二人はこんな道のりを、魔物たちの襲撃を度々退けつつ、たっぷり十日かけて、ようやくクロッコの町に到着した。
 この街はアリガー湖のほとりにあり、人口も一万五千人を超えるという、スタート町よりもはるかに大規模な町だ。
 東にはドラゴンタワーという、はるか昔に造られた塔があるが、現在は廃墟というもっぱらの噂だった。さらに東に向かえばジプサンの城がある。
 街に入った二人は、まず宿を探そうと大通りを歩いていたが、とある大きな屋敷の前に人だかりが出来ているのに気が付いた。
「なんでしょう……?」
「さあ……」
 屋敷の前まで来てみると、この屋敷の主人と思しき恰幅のいい男性が、衆目を相手に何やら叫んでいた。
「誰か勇者はいないか? ドラゴンタワーの首無しナイトを退治してくれる勇者は!?」
 二人は近くに立っていた男性に向かって尋ねた。
「どうしたんですか?」
「ん、見かけない顔だな」
「はい。おれ達、今日、スタート町からこの街にやって来たばっかりで……」
「へぇぇぇぇ、そんな小さいのに、大変だなぁ」
 目を丸くして驚く男性に、ルストが再度尋ねる。
「あの、それで、一体何が……?」
「ああ、東の方にドラゴンタワーってでっかい塔があるんだが、最近そこに悪い魔物が住みついちまってね。で、この街の長者さんが、そいつを退治してくれる勇者を募集してるってわけ」
「そうなんですか……」
 その時、背後から筋肉だけが取り柄と思えるようなガラの悪い大男が、からかうように言った。
「はっはっは、ガキの出る幕じゃねえよ。さっさと家に帰って、ママのオッパイでも……」
 男が乱暴にルストの頭をつかもうとするが、握った手は、空しく宙を握り締める。
「ん?」
 男が気づくと、なんとその肩にルストが立っていた。
 一瞬のうちに、まるで猫のように宙に飛び上がり、音もなく男の肩に着地していたのだ。
「確かにおれ達はガキかも知れないけど……。ただのガキじゃないよ?」
 スチャッと鞘のままのブレイブセイバーを首筋に当てられ、大男の顔が見る見る真っ青になる。
 本能的に男は感じたのだ。自分の肩に乗っているのは、小さくても歴戦の戦士に勝る相手だと。
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
 先ほどまでの態度もどこへやら、男はへなへなと座り込んでしまう。
「ありゃりゃ……ちょっと脅かしすぎちゃったかな……」
「そうかも知れませんね」
 ルストはポリポリと、バツが悪そうな顔で頭をかく。
 が、この一連のやり取りを、しっかりと長者は見ていたのだ。
「き、君たち! ちょっといいかな?」
「へ? へ?」
 二人は興奮した長者に、半ば強引に屋敷に引っ張られて行ってしまうのであった。

 それから二人は、この街の長者、タノン・ド・リマッカの屋敷の客間に通されていた。
 リマッカ家は何千年も前から続く財閥で、一説には、かつての勇者の旅を手助けした事もあるとの事だった。
 先ほどのルストの身のこなしにすっかり魅せられてしまったタノンは、二人に旅の目的を訪ねた。そんなタノンに、二人は自分たちが悪意に侵された魔王を浄化するために旅に出た事を説明した。
 見る見るタノンの顔が、期待と興奮で上気していく。
「ああ、何という幸運! これぞ神の思し召し! どうか、お二人とも、私の頼みを聞いてはくれませんか? 実はこの街は、今、未曽有の危機に陥っているのです!」
 タノンは二人に、先ほど聞いたのとほぼ同じ内容の説明を行った。
 ドラゴンタワーを拠点とした、“首無しナイト”という魔物に率いられたモンスターの軍団が、このクロッコの町を度々襲い、資源や農作物などを略奪していくというのだ。
 いかに優れた力量を持つとはいえ、通りすがりの旅人である二人の少年に、町の運命を左右する任務を頼み込む辺り、いかに彼らが追い詰められているのかがうかがい知れる。
 だが、二人の心は、話を聞き終わる前にすでに決まっていた。
「分かりました。おれ達に任せて下さい」
「必ず、その首無しナイトを退治してみせます」
 基本的に、二人とも困っている相手を放っておけないタチなのだ。

 こうして二人は、ドラゴンタワーまでやって来ていた。
 ナップザックの中には、タノンから提供された回復用アイテムやらが追加されている。
「よし、行こう!」
「ええ」
 二人は塔の正門に手をかける。
 彼らにコソコソと忍び込むという発想はない。正々堂々、正面から挑むのみだ。
 ギィィィィ……と軋んだような音を立てて、重々しく門が開いた。
 この塔はもともと町に近づくモンスターを見張るため、また、モンスターとの戦いで籠城できるようにと建設されたものらしいが、皮肉にもそれが、今は魔物たちの拠点となってしまっているのだった。
 蜘蛛の巣が張った天井から、巨大な吸血コウモリ、G・バットが飛来してくる。が、咄嗟にジンが放ったバーンの呪文に焼かれ、二人がその牙の餌食になる事は無かった。
 襲撃はそれだけでは終わらない。人間並みに長い手足を手に入れた、ザコII世。ジンを追撃してきたものと同族のシャドーニンジャ。この世に迷い出てきた悪霊、ゴースト。
 これらモンスターたちを、時にはルストの剣が切り払い、時にはジンの呪文が吹き飛ばし、二人は着実に上階へと歩を進めていった。
 が、これだけ派手に暴れて、報告が首無しナイトの元まで届かないわけがない。
 塔の最上階で、深々と玉座に腰を下ろした首無しナイトに、配下のモンスターが階下の戦況を報告する。
 彼は名前の通り、首が無い騎士の姿をしたアンデッドモンスターで、傍らには生首が置いてあった。
 しかも、この生首が生きているかのように動き回り、口をきくのだ。首無しナイトの元の身体の持ち主で、胴体と同じように死の世界から邪悪な魂を得て復活した、踊る生首である。
「なかなか面白いネズミが侵入したようだな、胴体」
 踊る生首が愉快そうに、首無しナイトに話しかける。
「そうだな、頭部」
 首無しナイトの胴体が返事をする。当然、彼には口が無いが、精神感応のように、直接声が響くのだ。
「近頃は奪うばかりで物足りなかったところであるし……」
「退屈しのぎには丁度いい……」
 首無しナイトと踊る生首の二体は、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。厳密には、首無しナイトの方はそのように見える仕草をしただけだが。



 ルストとジンは、落とし穴の部屋を抜け、魔物たちの攻撃を退けて、塔の最上部へと続く外壁にたどり着いていた。
「はぁ〜。確かにこれなら、モンスターが攻めてきても一発で分かるねぇ……」
 胸の高さほどの塀に手をついて、ルストが遥か彼方の景色を見ながら言った。日はすでに、西の方へと沈みかかっている。自分たちがやって来た方角に目を向けた。辛うじてオカシ村は見えたが、それよりさらに北にあるスタート町までは見えなかった。
 ふと、ルストは両親の顔を思い出した。
(今頃、どうしてるんだろ? 母さん、一人でも大丈夫かな。夕飯、終わったのかな。母さんのことだから、おれの事心配して、お祈りしてるかも……)
 そう思うと、急に両親に会いたくなった。
 なんだかんだ言っても、彼はまだ、12歳の子供なのだ。
「どうしたんです、ルスト?」
 ルストの様子に気づいたジンが、心配そうに声をかける。
「ん、何でもないよ、ジン」
 ルストが少し寂しそうに笑う。が、それも一瞬のことだ。
 すぐに表情を引き締めて言った。
「見て、ジン。あそこにはしごがある。きっと、あの先に首無しナイトがいるんだ。行こう!」
「はい」
 二人は古くなったはしごを、慎重に登り始めた。
 はしごの材は相当古く、ところどころ緩んでぶかぶかになっている。うっかり重みをかけると折れてしまいそうだ。
 ようやく上り終えると、そこには監視に使われていたのであろう、学校の教室くらいの大きさの小屋があった。
 二人はアーチ形の入り口をくぐる。
 中は想像していた以上に綺麗に掃除され、床には豪奢な絨毯が敷かれていた。
 正面の奥は一段高くなっており、玉座が設置してあった。
 そして、そこに鎮座する人物は……。
「お前たちか、我らがドラゴンタワーへ紛れ込んだコソ泥は!」
「なんだ、まだ子供か!?」
 首無しナイトと踊る生首である。


「お前が首無しナイトか!?」
「すぐにクロッコの町から手を引きなさい!」
 二人は武器を構えて叫ぶが、首無しナイトも踊る生首も、鼻で笑い飛ばす。
「何を言う。強いものが弱いものを喰らうのは、自然の成り行きではないか」
「一度死して、我らはそれを悟ったのだ。お前たちの魂も、我らが糧としてやろう」
 そう言うと、首無しナイトは玉座から立ち上がり、スラリと剣を抜いて斬りかかって来た。
「くうっ!」
 その一撃を、ルストがブレイブセイバーで正面から受け止める。

 ガキィィィィィィィィィィィィィィン!

 刃と刃が交差し、周囲に耳障りな金属音を響かせた。
「ルスト!」
 ルストを援護しようとするジンだったが、自分に迫って来る殺気を感じ、咄嗟に身をかわす。
 一瞬前までジンの頭があった空間を、牙をむいた生首が通り過ぎていく。
「ほう、やるじゃねえか」
 空中でくるりと向きを変え、ジンの方を見下ろしながら、踊る生首が不気味な笑みを浮かべた。
 一方、ルストと首無しナイトは丁々発止の攻防を繰り広げていた。
 スピードではルストが勝っていたが、首無しナイトの攻撃は、一撃一撃が重い。
 隙を見て斬りかかっても、その重い斬撃で剣が弾き返されてしまう。
 反対に守勢に回れば、たとえ攻撃を防いでも、衝撃で剣を握る手に徐々に疲労が蓄積していった。
 もしここに来るまでに、数々の実戦を経験していなければ、とっくの昔に切り捨てられていたかも知れない。
「くっくっく……こんなものか、小僧。もっと我を楽しませてみせよ」
 首無しナイトは剣を構え直すと、じりじりとルストとの距離を詰めていった。
 その横では、踊る生首がまるでからかうように、ジンの周囲を跳ねまわっている。
「そらそら、どうしたどうした!」
 突如、スピードを上げた生首が、またもジンに向かって飛びかかる。
 今度は回避が間に合わず、生首の牙がジンの左腕をかすめて言った。
「うぐっ!」
 ガックリとジンが膝をつく。
 左腕から血が噴き出していた。
「けっけっけ、かなりえぐってやったぜ」
 口元を血に染めて、生首が愉快そうに笑みを浮かべている。
 体勢を立て直そうとするジンだったが、突如、その視界が二重映しになった。
「あれっ……?」
 そのまま再び、その場に膝をついてしまう。
「オレ様の牙には麻痺性の毒が仕込まれてるのよ。動けなくなった後で、じわじわと生きたまま食ってやる」
「ジン!」
 ルストの顔に焦りが生まれる。ジンを助けに行こうにも、自分も首無しナイトの相手で手一杯なのだ。
「くたばれ小僧――っ!」
 牙をむいて、とどめとばかりに生首がジンに飛びかかった。
 もはや絶体絶命――
 だが、

 カ・ダー・マ・デ・モー・セ!

「火炎呪文・フレア!」
「なにっ!?」
 ジンがフレアの呪文を放ち、生首は慌てて回避行動をとった。
 見れば、ジンは左腕を押さえながらゆっくりと立ち上がっている。
 傷口を押さえている右手から優し気な光があふれだし、見る見るジンの左腕は傷がふさがっていった。
「あいにく、でしたね……。僕は回復呪文も心得があるんです。あなたの毒も呪文で解毒しました」
「貴様!」
「それに、あなたの動きも見切らせて頂きました!」
 叫ぶなり、ジンが錫杖を構える。
「ウイップモード!」
 ジンの声に呼応して、錫杖が変形を始めた。
 柄の部分がジンの右手に巻き付き、先端が柄の部分から外れる。柄と先端は、チェーンでつながっていた。
 フィーラスの言葉通り、この錫杖も、かつてファーストが使っていたオリジナルと寸分違わない変形能力を備えているのだった。
「はあっ!」
 ジンが右腕を振ると、先端部分がまるで生物のように、正確に生首に向かって飛ぶ。
 瞬く間に、生首はチェーンでぐるぐる巻きにされてしまった。
「な、なんだと!」
 先ほどまでと一転して立場が逆になり、初めて生首の顔から余裕の笑みが消えた。
「これであなたのスピードは封じました! とどめです!」
 ジンは左手で鎖を抑えたまま、右手で印を結んで精神を集中させる。

 ゼー・ライ・ヴァー・ソウ!
(閃光よ、走れ!)

「閃光呪文・バーン!」
 ジンの右手から放射状の火炎が飛び出し、生首を直撃した。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ドガァァァァァァァァァァァァン!

 炎に包まれた生首は悲鳴を上げると、内部から破裂し、辺り一面にどす黒いしぶきをまき散らした。
「頭部! おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 生首がやられたのを目にして、首無しナイトが怒声を上げた。
 滅多やたらと剣を振り回し、刃先がビュンビュンとルストの身体をかすめる。
 だが、こちらも先ほどまでの余裕は失われていた。
 今や首無しナイトの頭にあるのは、自分のかつての頭部を葬ったルスト達に対する怒りのみ。
 しかし、怒りは判断を狂わせる。反対にルストの方は、冷静に首無しナイトの剣を見切り始めていた。
「よし、今だ!」
 ルストは首無しナイトが横に薙いだ一撃を後方に飛んで避けると、ブレイブセイバーの柄を両手で握り直し、静かに呪文を唱える。

 カ・ダー・マ・デ・モー・セ!

「むうっ!?」
 次の瞬間、ブレイブセイバーの刀身が燃え上がり始めた。
 かつて、彼の先祖であり、師でもあるフィーラスが使っていた魔法剣だ。
「こけおどしを!」
 首無しナイトが剣をかざして、真っ直ぐに突進してくる。
 ルストもブレイブセイバーを構えると、正面からそれに応じた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 駆ける二人が交差する瞬間、首無しナイトが咆哮と共に、剣を振り下ろす。
 ルストは身をかがめてその一撃を避けると、炎をまとったブレイブセイバーを横一線に振りぬいた。
「火炎斬!」

 ザシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ルストの一撃は、首無しナイトの上半身と下半身を見事に両断していた。
 首無しナイトは勢い良く燃え上がると、その場に崩れ落ちる。
 やがて炎が収まった時、そこには黒焦げになった中身のない鎧の残骸だけが残っていた。
 邪悪な魔力によって死の世界から甦った魔物たちは、今、再び墓の中にいた時と同じ姿に戻ったのだ。
「や、やった……」
 ルストは気が抜けたように、杖代わりにしたブレイブセイバーにガックリともたれかかった。
 緊張の糸が切れたのと、疲労が今になって彼の身体を襲ってきたのだ。
 倒れそうになったその身体を、ジンが支えた。
「ありがと、ジン……」
「やりましたね、ルスト」
 二人はどちらともなく、ホッとした笑顔を浮かべていた。

To be continued.


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