暴れん坊キング

 ジッダイの表通りの茶屋の軒先に並べられた席にニューが座っていた。
 のんびりとお茶を飲んでいる。
 そのニューにスッと近づいてくる者があった。
「…………」
 体格の良い男で、帽子を深々と被っている。
 男はニューの後ろの席に腰を下ろした。
 男が小声で言う。
「セイ・スノウの屋敷です」
 ニューがコクリと頷く。
「時間通りに」
 それだけ聞くと、男は腰を上げた。
 そのまますぐに立ち去ろうとする。
「あら?」
 通り過ぎたウェイトレスがふと男の方を振り返った。
 たまたま見えた男の顔が、前にパレードで見た、王宮親衛隊長に似ていると思ったからだ。
「…………」
 ニューは男の姿が消えると立ち上がった。
 その顔には今まで見たことが無い真剣な表情が浮かんでいた。



「ふぅぅぅ……」
 檻の床に座り、ルストは鉄格子を見つめている。
 武器を取り上げられてしまった以上、ルストに檻を壊す手立てはない。
 魔法を使おうかとも思ったが、檻に入れられた時に魔法封じの呪文をかけられたらしく、駄目だった。
 武器も魔法も使えない、となれば、ルストも普通の少年と大差ない。
 とは言え、ルストは諦めるつもりは毛頭なかった。
「ルスト様……」
「ん?」
 ふと見ると、セレナが申し訳なさそうな表情でこちらを見ていた。
「セレナ、な、なに?」
「すみません、ルスト様。私があんな罠に引っかかったから……」
「何だ、そんな事か。おれもつい油断しちゃったから、お互い様だよ」
 ルストはポンとセレナの頭に手を乗せる。
「それより、どうやってここから脱出するか考えよう」
「ルスト様……はい!」
 ルストの声に、セレナの表情もぱっと明るくなる。
 その時であった。
「大丈夫ですか?」
 頭上から声がして、ルストは鉄格子の隙間から上を見た。
 すると、檻の上にいつの間にか一人の小柄な人物が現れていたのだ。
 年はルストとそう変わらないだろう。
 顔立ちは整っており、なかなか可愛らしい少年だ。
 長い髪を後ろで結って、ポニーテール状にしている。
 服装はひざ丈の半ズボンに、袖の無いシャツだ。
 胸元は開いており、帷子(かたびら)が覗いている。
 さらに首にはマフラーを巻いていた。
 さながら、少年忍者といった風貌の人物だった。
 そして、その声にはルストは聞き覚えがあった。
 先ほどルストに向かって「しばらくの我慢です」と言ってきた、あの声であった。
「君は……?」
「ボクの名前はサイ・ゾーと言います。あるお方の命令で、あなた方を助けに来ました」
 サイ・ゾーは器用に鉄格子につかまると、懐からヘアピンのような物を取り出して、檻の鍵穴に差し込んだ。

 ガチャガチャ……ピン!

 わずか数秒で、サイ・ゾーは檻の鍵を開けてしまう。

 ギィィィィ……

 扉を開け、サイ・ゾーが檻の中に入ってきた。
「さあ、時間がありません。早く脱出を。これも取り戻してきました」
 スッとサイ・ゾーが差し出したのは、ザラウに奪われていたブレイブセイバーだった。
「でも……」
 ルストは周囲を見回す。
 周りには、まだまだ捕らえられた少年少女がいるのだ。
 が、サイ・ゾーは力強く頷くと、真っ直ぐルストの方を見る。
「大丈夫です。彼らも必ず、助け出します」
 その瞳には、有無を言わさない説得力があった。
「さ、早く」
 最初にサイ・ゾーが、続いてルストが床に飛び降り、最後にセレナがゆっくり羽ばたきながら降りてくる。
「それでは、ついて来てください。あるお方が、あなた方をお待ちです」
 そう言うと、サイ・ゾーは先に立って歩き出す。
 その背中を眺めながら、セレナはいぶかしむようにルストに言った。
「あの、ルスト様……大丈夫なんでしょうか? そう簡単に信用してしまって」
 確かに、二人は騙されてさらわれてきたばかりなのだ。
 けれど、ルストはセレナに笑いかけて言った。
「大丈夫。何故だか分からないけど、あの子は信用できる。そう思うんだ」
 ルストの笑顔を見て、セレナも微笑むと、その後に従った。



 シャンシャシャシャン……

 夜、庭の見える部屋に楽器の音が鳴り響いている。
 ここはセイ・スノウの屋敷である。
 その一室には、セイ・スノウとエーチ・バックがいた。
 部屋のすみにはザラウが控えている。
 エーチ・バックはセイ・スノウの盃にお酒をついで言った。
「このようなジジイの酌で申し訳ございません、スノウ様」
「ふふ、気にするな、エーチ・バック。わしはおなごにはあまり興味がない。興味があるのは黄金色のあれよ」
「これで御座いますな」
 エーチ・バックが後ろに置いてあった包みを出す。
 開けると、そこには金貨が山のように入っていた。
「ふふ、それよ、それ」
「こんなもの、日頃のスノウ様のご厚意に比べれば微々たるもので御座います」
「ふ……お主も悪よのう、エーチ・バック」
「なんのなんの、スノウ様にはかないませぬ」
 時代劇の悪人そのまま、二人は杯を傾け続けた。
「ところでスノウ様、いかがで御座いますか、宮廷の方は?」
 スッとセイ・スノウの顔が険しくなる。
「うまくいかぬわ! 王はただのボンクラだと思うが、脇についている者共が鬱陶しい!」
「私共としても、スノウ様には何としても王位についてもらわねば……。正体の分からない幽霊王などよりも、スノウ様の方が絶対に王としてお似合いですぞ。大多数の国民もそう望んでいるはずです」
「おうよ、わしもそう思っておるわ!」
 二人は勝手な事を言い合いながら高笑いをした。
 実際この時、二人は着々とクーデターの準備を進めていたのである。
「スノウ様、クーデター成功の暁には、御用商人としての私めの扱いもなにとぞ……」
「分かっておる! そなたには数々の特権を与えるつもりじゃ」
「有難う御座います」
 その時だ。
(その宴、この世の名残の宴と知れ!)
 庭の方から声がした。
「!」
 セイ・スノウとエーチ・バックが庭の方を見ると、そこには誰あろう、ニューが立っていた。
 そのそばにはサイ・ゾーとルスト、そしてセレナがいる。
「また貴様か!」
 ザラウが吐き捨てるように言った。
「剣士風情が……ここを誰の屋敷と心得ておる!」
 セイ・スノウがニューに向かって叫ぶ。
 が、ニューはセイ・スノウを睨みつけると一喝した。
「愚か者! 余の顔を見忘れたか!」
「余だと……?」
 セイ・スノウがいぶかし気にニューの顔を眺める。
「!」

 カ――ン!

 その脳裏に、かつて王宮で謁見した、ある人物の顔がよぎったのだ。
「へ、陛下! 国王陛下じゃ!」
 そう、それこそ、幽霊王と言われたヴァーチュリバー王そのものだったのだ。
 セイ・スノウ、エーチ・バック、そしてザラウは愕然となってその場に平伏する。
 驚いたのはルストとセレナも同じで、その場に立ち尽くしている。
(ニューさんが、ヴァーチュリバー王……!)
 ニュー、いや、ヴァーチュリバー王は改めてセイ・スノウとエーチ・バックの方を見ると、高らかに叫んだ。
「セイ・スノウ。その方、大蔵大臣の地位にありながら、御用商人と結託して奴隷売買に手を染めるとは言語道断だ! さらには、王家に弓引くとは、断じて許さん。潔く法の裁きに服すがよい!」
 が、ゆっくりと顔を上げたセイ・スノウの顔には邪悪な笑みが浮かんでいる。
「ふふふ……そんな事をすればこちらの身の破滅よ……」
 セイ・スノウは、不敵な笑みを浮かべたまま、立ち上がって言った。
「どうせ陛下には、死んで頂くつもりでした。覚悟なされよ。出あえ! 出あえ出あえい!」
 セイ・スノウの叫び声に、屋敷のあちこちから警備の兵士が駆け付け、ヴァーチュリバー達を取り囲む。
 セイ・スノウは兵士たちに向かって怒鳴った。
「こ奴は恐れ多くも国王陛下を語る不届きものじゃ! 斬れ! 斬り捨てい!」
「ははっ!」

 シャカッ! シャカシャカシャカッ! シャカッ!

 兵士たちが一斉に剣を抜く。
 ヴァーチュリバーはゆっくりと刀を抜き放つ。
「どこまでも腐った奴め。やむを得ん……」
 ルストが改めてまじまじとヴァーチュリバーを見て言う。
「ニューさん……あなた、本当に王様なんですか?」
「ああ。悪かったな、黙っていて。これには色々と事情があってな」
「事情はあとでゆっくり聞きます! ここはおれ達も!」
「そうしてくれると助かる」
 ヴァーチュリバーは肩の高さで刀を構えると、峰側に持ち直した。

 カチャッ!

 それを合図に、兵士たちが斬りかかって来る。
 しかし、ヴァーチュリバーは殺到してくる兵士たちを次々と叩き伏せていった。

 キィン! バキッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うぐっ!」
 叩き伏せられた兵士たちは、倒れ伏し、うめき声も上げない。
 ルスト達も負けてはいない。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ズバッ! ザシュッ!

 武器さえあれば、ルストは数々の戦いを切り抜けてきた光騎士だ。
 子供と侮った者たちには悲惨な運命が待っていた。
 誰も、ルストの服にすら、その刃をかすめられるものはいなかった。
 横ではセレナがその鋭い爪と蹴りで兵士たちを打ち倒し、サイ・ゾーも手にした短刀で、正確に兵士たちの急所をとらえている。
「てめえ!」
 ザラウが後ろから、剣を持って走り込んできた。
「ルスト様、危ない!」
「!」
 セレナの叫びに、ルストが振り返る。
 しかし、ルストにその刃が届くことは無かった。
 同時に巨大な火の玉が飛んできたのだ。

 シュゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ザラウが全身を火炎に蹂躙され、黒焦げになって転がる。
「無事ですか、ルスト!」
「ジン!」
 火炎を放ったのはジンだった。
「おれ達もいるぜ!」

 シャッ! シャキィィィィィィン!

 剣を構え、バッツが兵士たちの中を斬り進んでくる。
「おらっ!」

 ガブッ!

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ザコ吉の鋭い牙に噛みつかれ、兵士がその場に倒れた。
 さらにはメフィスもいる。
「ほい!」

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

 手にした爆弾をあちこちに投げまくる。
 考えてみればかなり危ない爺さんだ。
 ついに兵士たちはみな倒され、残るはセイ・スノウとエーチ・バックのみとなった。
「おのれっ!」
 セイ・スノウはヴァーチュリバーの方へ向き直ると、やけくそ気味に剣を繰り出した。
 だが、ヴァーチュリバーはそれをかわすと、一撃でセイ・スノウの手から剣を叩き落す。
「成敗!」

 ザシュッ! ズバッ!

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぐわぁぁぁぁっ!」
 ヴァーチュリバーの声に、サイ・ゾーが素早く二人を斬りつけ、国家転覆を企んだ悪党たちは骸となってその場に転がる。
 サイ・ゾーは短刀を収めると、ヴァーチュリバーの前に片膝をついて座礼した。
 ヴァーチュリバーもそれを見届けると、ゆっくりと刀を鞘に納める。

 カキン……

 納刀の音が、その場に静かに響き渡った。



 すべてが終わり、ルスト達はエドヴァー城の王の間に招かれていた。
 ヴァーチュリバー王はすっかりくだけて、あのニューの口調になっていた。
「いやぁ、すまん、すまん。実は、ルストの事も光騎士たちの事も、最初から知ってたんだ」
「ええっ!?」
「すこしばかりお前さん達を試すつもりでな。このジッダイで最初にお前さんたちに因縁をつけたゴロツキもこっちで用意したんだが、ああも簡単にやられてしまうとは思わなかった」
 ヴァーチュリバーは笑っている。
 ルストは少し膨れて言った。
「おれ達が奴隷商人に捕まった時も?」
「あれはこっちも驚いた。エーチ・バックの悪事を調べるつもりでサイを潜入させてたら、お前さん達が捕まってるんだからな。ともかく、ルストたちのおかげで思ったよりも簡単にセイ・スノウ達の悪事を暴くことが出来た。礼を言うぞ」
「もう……」
 話がひとしきり終わった時、メフィスが進み出た。
「ヴァーチュリバー王よ。我らの事を最初から知っていたという事は、我らと手を組む気がおありかな」
「無論。我がエドヴァーは、勇者の活動を支援する」
 これは、実質的にルスト達がポルカサテメネ大陸で自由に行動して良いということだ。
 レッサル軍の本拠地があるこの大陸で、行動に制限がないというのは大きい。
「ありがとうございます」
 ルストは改めてヴァーチュリバーの方を向くと、ペコリと頭を下げた。
 ルストの純粋な表情を見て、ヴァーチュリバーも頷いた。
 そんなヴァーチュリバーに、ザコ吉が不思議そうに聞いた。
「けど、王様、結局なんで国民の前に顔を出さないんだ?」
 ヴァーチュリバーが胸を張って答えた。
「悪い奴らを油断させるためさ!」
 ラージヒルがそっとザコ吉に耳打ちする。
「ああしておけば、顔がバレずに城下に遊びに行くことが出来ますから……若はまだ遊びたい年ごろなんですよ」
「お、おい、ラージ……」
 さすがのヴァーチュリバーが困ったような顔をした時、誰からともなく笑いが出て、やがてヴァーチュリバー本人も笑い出した。



 もう何時間も彼はそこに立っていた。
 いや、何日もか。
 真昼でも薄暗い、古びた遺跡の奥に。
 ここにたどり着くまでに様々な罠があった。
 並の人間なら一〇〇回は死んでいるだろう。
 彼はじっと目の前のものを見つめていた。
 その間、一睡もしていない。
 さすがの彼の顔にも疲労の翳が濃かった。
<ディザスといったな。いつまでそこにいる?>
 立ち尽くす戦士の髪はプラチナブロンド――
「お前を手に入れるまで……」
 ディザスだった。
 そして、ディザスが見つめていたものは――
 それは何と言えば良いのだろう。
 ゴーレムだ。
 だが、ただのゴーレムではない。
 全身が透明なのだ。
 透明な身体の中には、一体の骸骨があった。
 ディザスはその骸骨を見つめていた。
<物好きなヤツだ>
 声はその透明なゴーレムから、いや骸骨から聞こえてきた。
「私はお前を何としても手に入れる!」
<無理だな>
「何故だ!?」
<わしにその気がないからだ>
「ならばその気になるまで待つ」
<死ぬぞ>
「死なぬ……」
 ディザスは険しい目で骸骨を見た。
<ふうむ>
 骸骨が興味を持ったような感情を発する。
<おぬし、そんなにわしが欲しいか?>
「欲しい! お前の力を手に入れねばならんのだ! 究極のゴーレム、“魔石人形(クリス・ゴーレム)ハデス”よ」
 魔石人形ハデス――
 それは伝説にのみ名を留めるゴーレムであった。
 ゴーレムとして、無敵の力を発揮する。
 幾万もの軍勢をただ一人で殺し尽くしたとも、いくつもの国を滅ぼしたとも伝えられる。
 が、反面、その主人となった者の命をも喰らうと言われていた。
 その伝説の化け物が今、ディザスの前にあるのだ。
 ルスト打倒のため、ディザスが求めたのがこの化け物だった。
<それでも良いが、おぬし、死ぬことになるぞ>
「なに!?」
<我が身体は主人の生を吸うのよ。我にかけられた呪いだ。我を従えれば、保っておぬしの命は二週間と言うところか……>
「…………」
<それでも良いのか?>
 ディザスは静かに目を閉じた。
 やがて、再び目を開いたディザスの口元には笑いが浮かんでいた。
「構わぬ! 私を踏みにじった奴らを倒せるのなら、この命などいらぬ!」
<ほほう……>
 恐るべきディザスの執念であった。
 ルストを倒すために命をも捨てるというのだ。
「ハデスよ、我に従え!」
<心得た>

 シュォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

 ハデスの身体の骸骨が発光する。
 黒い邪気がそこから飛び出し、ディザスの身体を直撃した。

 ジュヴァァァァァッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ディザスの胸に激痛が走る。
 胸が無性に熱いのだ。

 ビリィィィィッ!

 服を開いたディザスは胸に髑髏のあざを見た。
「これは……」
<我との契約の印よ、主人(マスター)>
 直接、声がディザスの頭の中に響いた。
 それは胸の髑髏のあざが喋っているかのようであった。
「うごっ……」
 ディザスの口を生暖かい物が占拠する。

 ゴボッ……

 床が鮮血に染まった。
<我との契約はすでに始まった……>
 ディザスを死の影が覆い始めた。
 しかし、ディザスは恐怖など微塵も感じず、叫んだ。
「待っておれ、勇者ども! お前たちはこの美しい私の前に倒れるのだっ! フフフ……ふははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
 遺跡の中に、ディザスの笑い声が響き渡った。

To be continued.


戻る