さらわれて大ピンチ!?

「それじゃあ、オレはこれでな」
 店から出たところでニューが言った。
「どうも、色々とありがとう御座いました」
 ルストが感謝の意を込めてお辞儀する。
「いいってことさ。じゃあ」
 ニューは肩をいからせながら歩き去って行った。
 太陽はかなり傾いている。
「そろそろ今夜の宿を探さないといけませんね」
 ジンが言いながら歩きだした。
 一同はそれに続く。
 セレナはまだ酔いが残っているのか、目をこすりながらルストの服の裾につかまっている。
 歩いてしばらくした時だ。
「あ……」
 ルストの服につかまって歩くだけだったセレナが声を上げた。
 通りの横に一軒だけポツンと露天商が店を出していた。
 その店の商品にセレナは興味を示したのだ。
 そこはどうやら、玩具を売っているらしかった。
「ルスト様、ちょっと見ていきましょうよ」
「う、うん……」
 店番は上からフードを被った一人の老婆がいるだけだった。
「お嬢ちゃん、なんでも好きな物を買って行っておくれ」
 玩具と言っても簡単な木の細工品だ。
 それでもセレナは熱心に見ている。
「私、こういうのを見るのは初めてです」
「そう」
 ルストはあまり興味無さそうに言った。
 他のメンバーはゆるゆると先に行ってしまう。
 そんなに離れなければ大丈夫だろう、というわけだ。
「ほら、お嬢ちゃん、これをよく見てごらん」
 老婆が玩具の一つを手に取った。
「わぁ!?」
「ほら、そっちのお坊ちゃんも」
 老婆はルストにも言う。
 ついついつられて、ルストもその玩具に顔を近づけた。

 プシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……

 いきなり玩具から白いガスが噴き出した。
「きゃっ!」
「うわっ!」
 セレナとルストが悲鳴を上げる。
 ルストはガスを吸って、身体が痺れるのを感じていた。
(な、なんなの、これ……)
 そのまま二人は前のめりに倒れ込んだ。

 ガタァァッ!

 露店が壊れ、玩具が飛び散る。
 老婆がフードを取って、二人の身体を抱え込んだ。
「フフフ……」
 老婆と思ったのは実は屈強な肉体をした男だった。
「ルスト! セレナさん!」
 音に気付いたジンが事態を見て走ってくる。

 ディ・カ・ダー・マ・モウ・バッ・ダ!
(火の神よ、猛火の裁きを!)

「火炎呪文・メガフレア!」

 ゴォォォォォッ!

 ジンの手から火球が飛んだ。
 けれど、火球は空しく壊れた露店の柱を焦がすだけだ。
 男はすぐそばにあった下水道の中に、ルストとセレナを抱きかかえたまま飛びこんでいた。
 エドヴァーは衛生上の理由から、かなり下水道網が発達している。
 それを利用した、初めから計画的な行為だった。
「くっ!」
 ジンも後を追ってすぐに下水道に飛びこむ。

 ビチャン!

 だが、下についた時には、音があちこちから反響して、どちらに行ったのか分からなくなっていた。
「しまった……」
 ジンは唇をかんだ。
 大失態だった。
(誰!? レッサル軍か!? でも彼らなら、まず僕を狙うはず……)
 今回の罠を事前に見抜けなかったのは、あの老婆から殺気がまるで出ていなかったからだった。
 少なくとも二人を殺すつもりはないらしい。
 そこに望みをかけて、ジンは呟いた。
「ルスト、セレナさん……必ず助けてあげますからね」
 ジンが地上に戻ると、バッツの背中に背負われている人間がいた。
 人相の悪い男だ。
 それは、このジッダイに最初に来た時、ルスト達の後をそっとつけた顔つきの悪い男だった。
「誰ですか、それ?」
「今の出し物を熱心にニヤニヤ笑いながら見てた観客だよ。だぶん、サクラだろうな」
「仲間ですか……」
「こいつに聞くしかないのう」
 メフィスが呟いた。



「ん……んん……」
 ルストが気が付くと、目の前に棒が並んでいるのが見える。
(なに、これ……?)
 だんだんと意識が覚醒してきて、ルストは自分の身に降りかかった事を思い出した。
「あ……!」
 ガバッと起き上がる。
 なんとそこは、背を伸ばすことも出来ない、滑車付きの檻の中だった。
 サーカスなどで猛獣を運ぶあれだ。
「ここは……!?」
 横ではセレナがすやすやと眠っていた。
「セレナ! セレナ!」
「ん〜……あれ、ルスト様……?」
「セレナ、寝ぼけてないで起きて!」
 ルストはセレナを強引に揺すり起こした。

 シクシク……エ〜ン、エ〜ン……

「えっ!?」
 周りを見れば、ルストやセレナたちのように檻に入れられている少年や少女たちがたくさんいる。
 いずれもかわいい子ばかりだ。
 彼らは絶望的な顔をしていたり、悲痛な表情で泣いていた。
「なんなの、ここって……!?」
「気が付いたか!?」
 ドス太い声がして、男がやってきた。
 ルストは知らなかったが、バッツに捕まった男とコンビを組んでいた男だ。
「誰だよ、あんた!? おれ達をどうしようっていうの!?」
「ふへへへへへへへ……」
 男は欲望丸出しの目つきで、なめるようにルスト達を見た。
(うっ……)
 ルストの背に悪寒が走る。
「安心しなよ、傷つけたりはしねえからな! なんせ、大事な商品だからなぁ!」
「商品!?」
「その通りじゃよ!」
 男の背後から声が聞こえ、痩せてシワだらけの男が現れる。
 痩せてはいたが、目だけはギンギンと欲望の光を放っていた。
「これは、旦那」
 最初の男が慇懃にその痩せた男に頭を下げた。
「ザラウ、これか、新しい商品っていうのは?」
「へい、旦那、いかがです」
「上玉だ。高く買わせてもらうよ」
「有難う御座います」
 ルストもだんだん分かってきた。
 こいつらは少年少女を売って金を儲けるという、とんでもないことを商売にしているのだ。
 すなわち、奴隷商人――
「お前ら、奴隷商人だな!」
「ほう、元気じゃのう」
 痩せた男が檻に近づいてルストを見た。
「わしはエーチ・バックという善良な商人じゃよ」
「どこが善良だよ! こんなことして!」
「奴隷というのも悪くないぞ。従順でいれば、ご主人様に一生かわいがってもらえる……おっと、飽きたら捨てられるかな。その辺りは本人の才覚次第か」
 エーチ・バックと名乗った男は、ケケケケ……と笑った。
「そんなこと、させません!」
 セレナが素早く魔力制御装置の腕輪を外す。
 さらに手袋もとり、露わになった鋭い爪で檻に切りつけた。
 だが、

 ガキィィィィィィィン!

 金属音が響くばかりで、鉄格子には傷一つ付かない。
 どうやらかなり、硬い金属でできているらしかった。
「痛っ……」
 苦痛に顔をゆがめて手を押さえるセレナを見て、エーチ・バックが嬉しそうに笑う。
「ほほう、お前さん、モンスターだったのかい!? そういう好事家もたくさんおるよ」
「うるさい、ジジイ!」
 ルストが叫んだ。
 横からザラウが怒鳴る。
「やい、旦那になんて口をきくんだ!」
「よいよい、ほっておけ、ザラウ!」
「お前らなんか!」
 ルストが腰に手を伸ばす。
 ブレイブセイバーで鉄格子を叩き切ろうというのだ。
 が、
「あれ? あれれ……?」
 腰に差していたはずのブレイブセイバーが無かった。
「探してるのはこれか?」
 ザラウがニヤニヤしながら腕を上げる。
 その手には、鞘に収まったままのブレイブセイバーがぶら下げられていた。
「あっ!」
 ルストの目が、驚愕のために見開かれた。
「ガキのくせに、随分立派なもんを持ってるじゃねえか。こんな危ないもん持たせたまま檻に入れるわけねえだろ。どういうわけか鞘から抜けねえが、値打ちもんみたいだからな。安心しな、こいつも高く売ってやるからよ」
「返せ! 返せよ!」
 ルストが鉄格子の隙間から手を伸ばすが、届くはずもない。
 エーチ・バックとザラウの二人は笑いながらそのまま去っていく。
「あ、ちょっと待てよォ〜!」
 ルストの声が空しく部屋にこだました。
「どうしよう……」
 よりにもよって、大事な神器であるブレイブセイバーを奪われてしまうとは。
 ルストはガックリとうなだれる。
「ルスト様……」
 セレナも、そんなルストを哀しそうな顔で見守る事しかできなかった。
 その時だ。
「しばらくの我慢です……」
 真剣な、小さな声が響く。
「えっ!?」
 顔を上げたルストだが、相変わらず近くには同じように檻に入れられた少年少女の姿しか見えなかった。



 きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

 甲高い、絹を裂くような女の悲鳴が響く。
 表通りから外れた狭い路地で、三人ほどの男に襲われている少女の姿があった。
「誰か、誰か助けてぇぇぇぇぇっ!」
 なかなか可愛らしい少女だ。
 反対に男たちは粗野粗暴を絵に描いたような顔をしていた。
「ぐへへへへへっ! 喚いたって誰も来やしねえぜ!」
 チンピラの常套文句を言いながら、リーダー格の男が言った。
 それはザラウだった。
「いやっ、放して!」
 少女が叫ぶ。
 その時だ。
「待て!」
「むっ!」
 いきなりの声に、三人はそちらを向く。
 そこに立っていたのはニューだった。
「か弱い女子に、男三人というのは感心せんな」
「うるせえ、やっちまえ!」
 ザラウの声に、チンピラがナイフを手に襲い掛かる。
 が、ニューは刀を抜くと、瞬時に峰でナイフを叩き落した。
 さらに、目にもとまらぬ速さでチンピラたちを叩き伏せる。

 バキッ! ドカッ!

「ぐわっ!」
「うぐっ!」
 ザラウはその一連の出来事を驚愕の目つきで見ていたが、気を取り直すと叫んだ。
「野郎、覚えてやがれ!」
 そうして、チンピラを引き連れて瞬く間にその場から逃げ去っていく。
「あ、あの、剣士様、有難う御座います……」
 腰を抜かしている少女が、座り込んだまま言った。
「何があったのか、話してくれないか?」
 ニューはひざまずくと、優しく少女に言った。

 大都市ならば大抵の町にスラム街はある。
 ここジッダイも例外ではなく、華やかな表通りとは裏腹に、一歩裏通りに回れば、壊れかかった建物が並んでいた。
 そんな建物の一つにジンたちはいた。
 壊れかけた、誰も済んでいないその建物の地下室の中に、ジン、バッツ、メフィス、ザコ吉が揃っている。
 もう一人、あのバッツが捕まえた男がいた。
 バッツはその男の手足をロープで縛っていた。
「さあてと、こんなもんかい」
 バッツは男をドンと突き飛ばす。

 ドタッ!

「うわっ!」
 男はバランスを崩して、全員の真ん中に倒れ込んだ。
「さあてと、いろいろ話してもらうぜ」
 ザコ吉が笑みを浮かべて言う。
 男はプイッと横を向いた。
「なんにも言わねえって腹か……」
 バッツがポリポリと頭をかく。
「困ったのう」
 あまり困ってなさそうな顔でメフィスが呟いた。
 バッツが男に向かって言った。
「おい、吐かねえと痛い目みることになるが、構わねえんだな」
「…………」
 男はあくまで一切無視のようだ。
 意外に根性が座っている。

 ガバッ!

 いきなりバッツの手が男に伸びる。
 首をつかむと、バッツは男を片手一本で持ち上げた。
「うううう……」
「さあ、吐きな」
「言わねえ! オレは死んでも言わねえぞ!」
「しょうがねえな……」
 バッツの腕に力が入る。
 首がグッとしまった。
「うぐぐぐぐ……」
「まず名前は?」
「し、知らねえ……」
 バッツがさらに腕に力を込める。
 息が詰まり、男が悶絶する。
 ジンが叫んだ。
「バッツ、それじゃあ話そうにも話せないじゃないですか!」
「おおっ、そうか」
 バッツが慌てて手を放す。

 ドテッ!

 男は地面に落ちて、ゲホゲホ咳込んだ。
「全く、しょうがねえなぁ……」
 呆れ顔のザコ吉にメフィスが言った。
「どれ、拷問はわしにやらせてくれんかのう」
「爺さんに!?」
「拷問なんてのはシンプルなのが一番なんじゃよ」
 メフィスはようやく咳込むのが収まった男に近づいて行った。
「バッツ殿、ちょいと悪いが手伝ってくれんかのう」
「ああ、いいぜ」
 メフィスは男の顔を覗き込む。
「どうじゃな、何か言う気になったかな」
「絶対に言わねえ!」
 男はキッとメフィスを睨みつけた。
「では仕方ないのう」
 メフィスはバッツに男の手を押さえさせた。
 大きな石を持って来て、その上に手を載せる。
「せーの!」

 ドカッ!

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 男が悲鳴を上げた。
 なんと、メフィスはカナヅチで男の親指を叩いたのだ。
「どうじゃな、言う気になったかの?」
「い、言わねえ」
「そうか」

 ドカッ!

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 またカナヅチが振り下ろされ、男の人差し指がその犠牲になった。
「どうじゃな?」
「…………」
 男は脂汗を流しながら、必死の形相で耐えていた。
 メフィスの方は気楽な顔をしている。
「では」

 ドカッ!

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 カナヅチの下で、今度は男の中指が潰れていた。
「さてと、次は薬指か」
「ま、待て! 待ってくれ!」
 男が苦痛に顔をしかめながらメフィスに哀願した。
 さすがの強情な男も三本目の指までだった。
「名前は?」
「ラ、ラーチルだ」
「で、ルストとセレナをどこにやった?」
「…………」
 メフィスがカナヅチを振りかざす。
 男はビクッと脅えたように叫んだ。
「エ、エーチ・バックの旦那の店だ!」
 その後、ラーチルは洗いざらい白状した。
 表向きは銀行を営むエーチ・バックが実は裏ではセイ・スノウと組んで色々悪どいことをやっている事。
 その一つに奴隷商人というのがあり、その奴隷市のためにルストとセレナをさらった事などをだ。
 一同を安心させたことは、レッサル軍とは関係ないことだった。
 ただし、それも今の所という前置きが付くが。
 喋り終えた男の急所を突き、気絶させてからジンがメフィスに行った。
「メフィスさん、大したものですねぇ」
「なに、指は十本あるでの。その内には白状すると思っただけじゃよ」
 メフィスはあっけらかんとしたものだ。
「さあて、ではエーチ・バックの店とやらに乗り込むぜ!」
 バッツの言葉に全員が大きくうなずいた。

To be continued.


戻る