貧乏剣士の次男坊?

 レッサル神殿での死闘を終えたルスト達は、一度カラゴラーナまで戻ってから、疲れた体を休め、旅の支度を整えた。
 そしていよいよ船に乗り、ポルカサテメネ大陸へと渡った。
 ここはポルカサテメネ大陸でも大きな領土を持つ、エドヴァー王国。
 その首都、ジッダイである。
 人口一〇〇万を超すエドヴァー随一の都市で、なかなかの賑わいだ。
「ふぅ……」
 ルストがタメ息をついた。
 今日、何度目のタメ息か。
「…………」
 ジンやザコ吉、セレナなどが心配そうにルストを見つめている。
 あのレッサル神殿でディザスを吹き飛ばして以来、ルストは元気が無かった。
 彼が元気が無い理由は一つしかない。
 すなわち、あの時の無意識の破壊力だ。
 彼は実に純粋な少年だった。
 大事なものを守るための力が欲しい、とは思っているが、決して戦いを好んでいるわけではない。
 いや、むしろ、戦いを回避できずに済むのであれば、それに越したことはないと根っこの部分では考えている。
 それがあろうことか、残忍なふるまいをする敵とはいえ、初めて他者を「殺したい」と願い、本当に殺めてしまうほどの力を発揮してしまったのだ。
「はぁ……」
 またルストがタメ息をついた。
 そのまま、うつむきながら歩いていたため、前方不注意で、ルストは前から来た人間たちとぶつかってしまう。

 ドンッ!

「いてぇ!」
 ぶつかった瞬間、相手は声を上げた。
 そんな大した接触でも無かったのに、相手は思いっきり大きな声を上げたのだ。
 ハッとルストが顔を上げると、目の前に大男が五人ほど立っていた。
 五人とも、一癖も二癖もありそうな面構えだ。
「いてぇ、兄貴、いてぇよ」
 ぶつかった男がわざとらしく悲鳴を上げている。
 兄貴分がルストをジロッと睨んでいった。
「おう、ニーチャン、弟が随分世話になったみたいだな」
「えっ、あ……すいません」
 この時ルストはかなり反応が鈍かった。
 相手は与し易しと見たのだろう。
 さらに因縁をつけてくる。
「おう、ニーチャン、このオトシマエどうつけてくれるんだよ!」
「兄貴、いてぇよ、いてぇよ、肩の骨が折れたかも知れねぇよ」
「おう、待ってな! えっ、ニーチャンよォ!」
 兄貴分の男がルストの襟首をつかんだ。
 その時だ。
「待て!」
 鋭い声がかかり、野次馬の間にその男が立っていた。
 男の年齢は二十代の後半といったところか。
 粗末な服装とは対照的に、大柄で値打ちのありそうな刀を腰に吊るしている。それはまさに剣と言うよりも刀――言ってみれば日本刀に近い形をしていた。
「一方的に堅気の少年に因縁をつけるとは、許せん! この悪党ども!」
 男は見事にキメて、颯爽と因縁をつけたゴロツキどもをやっつける――というのが普通ならパターンだろう。
 しかし、剣士の男は唖然とした表情になった。
「あら……?」
 男が啖呵を切った時には、すでに事は終わっていた。
 ジンとセレナはハンカチで手をぬぐい、バッツも自分の剣を鞘に納めながらあくびをしている。
 三人の後ろに、因縁をつけて来た五人のゴロツキがボロ雑巾のようになって沈んでいた。
「すげえ……」
 野次馬の列から感嘆の声が漏れる。
 わずか十数秒で、ジン達はゴロツキをのしていた。
「全く、ルスト様に手を出そうだなんて、許せませんわ!」
 セレナがプンプン怒りながら言った。
「ルスト、大丈夫ですか?」
 ジンが心配そうにルストの顔を覗き込む。
「大丈夫……それより、ちょっとやりすぎのような気も……」
「おれ達に因縁つけてきたんだ。このくらいでも軽いもんだぜ」
 バッツがあくまで気楽な表情で言った。
「…………」
 野次馬の列から出て来た剣士は立つ瀬がなく、茫然と事態を眺めていた。
「若いの、残念じゃったのう」
 いつの間にか、彼の横にメフィスが立っていた。
「爺さんもあいつらの仲間か」
「まあな」
「なんて事だ。これはオレが笑い物だな。とんだ一行もいたもんだ」
「ホッホッホ……」
「あのぉ……」
 ルストが剣士のそばに寄って来た。
 ルストは彼が自分を助けようと野次馬の列から飛び出したことをちゃんと見ていたのだ。
「すいません、なんかおれを助けてくれようとしたみたいで……」
 ルストの丁寧なあいさつに、剣士は思わず笑みを浮かべる。
「いや、とんだ笑いものになってしまったがな! それよりお前さん達、とんでもない一行だな。名は?」
「ルストっていいます」
「そうか。オレはニュー・ゲイン。貧乏剣士の次男坊だ。お前たち、外国人か?」
「あ、はい……」
「ジッダイは初めてという訳か?」
「ま、うん……」
「よし、それでは決まりだ! せっかく人助けに来たのだ。街を案内するのも人助けには変わりない。オレがお前さん達に街を案内してやるぞ!」
「えっ!? けど……」
「いいから、いいから!」
 ニューのしつこいまでの口説き落としで、とうとうルストはニューの後について歩き出した。
「なんとも、強引なヤツじゃのう」
「ルスト様!」
 メフィスが、セレナが……結局最後は全員がその後に従った。

「おい、見たか」
「ああ」
 ルスト達が騒動を起こし、ようやく野次馬もいなくなった後に、顔つきの悪い男が二人立っていた。
 男たちは小さくなったルスト達の後ろ姿を見つめている。
「外国人だそうだ」
「なかなかの上玉だぜ」
 男たちは舌なめずりをするような言い方で言った。
「オレは旦那に知らせてくる」
「オレは奴らを……」
 男たちは分かれた。
 ルスト達の後を追う男には、欲望に満ちた笑みが浮かんでいた。



「さあ、食べな! 絶品だぞ、ここの料理は!」
 ひとしきり街を案内された後、ルスト達はニューに連れられて、食い物屋に入っていた。
 ルスト達にしてみれば遅い昼食だったが、ニューの意図は違ったようだ。
 入ったそこは、飲み屋であった。
「あら、ニューさん、いらっしゃい!」
 店の女の子が飛んでくる。
 どうやらニューはかなりの馴染みのようだった。
「おう、ニュー、遅せえぞ! いつも朝から飲んでるおめえが!」
 店で飲んでいる男たちが笑いながら声をかけてくる。
 ニューは気さくにその一人一人に応対していた。
「すごい人気ですね、ニューさん」
 ルストは素直に感心していた。
 軽そうに見えても、これだけ人望があるという事は、やはりひとかどの人物なのだろう。
「ニューさんは何のお仕事をしてるんですか?」
「だから言ったろう。オレはただの貧乏剣士さ」
 あくまでとぼけた口調で、ニューはそう言った。

 ガヤガヤ……

 昼間だというのに店は盛況だった。
 食事に入ったルスト達だったが、勿論ここに来て、それで済むはずがない。
 まだ太陽が高いというのに、酒盛りが開始されていた。
「ほら、いこうか、ルスト」
 ニューがお銚子を傾けてくる。
「お、おれは……」
「いいから、いいから」
 ルストのまえの器にも、お酒がなみなみとつがれてしまった。
 ちなみにトゥエクラニフには「お酒は二十歳になってから」という法律は無いのだが、ルストはもともとお酒が強い方ではない。
「こ、困ったなぁ……」
 ふと横を見ると、セレナが器一杯の酒を一気に飲み干している。
「ぷはーっ!」
「セ、セレナ!?」
「あひゃ、ルスト様ぁ……ヒック、とってもおいひいですよぉ〜」
 セレナはもう出来上がっていた。
「あちゃ〜……」
 見れば、セレナだけでなく、いつの間にか全員、すっかり出来上がっていた。
 まるで水を飲むかのようにかぱかぱ飲んでいるのはバッツだ。
「なんだ、もう終わっちまったぜ。親父、次」
 それでもケロッとしている。強い。
 ジンはちびちびと杯を傾けている。
「たまにはお昼から飲むのも悪くないですね」
 ふと、メフィスがニューの横に来て言った。
「ときに、お前さんにいくつか聞きたいことがあるんじゃが」
「なんだ? オレで分かる事なら何でも」
「このエドヴァーの政情は今はどうなっておるのじゃな?」
「そういう事か。そうだな。ともかく、去年、先代の王様が亡くなって、新しい王様に変わったばかりだしな」
「新しい王様と言うと、幽霊王ヴァーチュリバー王の事だな」
 ザコ吉も話に混ざってくる。
「幽霊王?」
「即位したヴァーチュリバー王は国民の前に出る時は顔を隠してて、一度も顔を見せた事が無いんだよ。素顔を知っているのは、城の上層部だけだそうだ」
 そこまで言って、ニューはグイッと杯を飲み干した。
「何でそんな事を?」
 ルストが不思議そうに聞く。
 メフィスが思案顔で言った。
「暗殺を恐れておるのではないのかな? やはり新王が即位したばかりじゃと、何かと周囲が騒がしいでのう」
「まあ、そんなところだろうな」
 ニューが話をつづけた。
「外戚、有力貴族を含めて、たいていの者たちは新王に従ってるんだが、一人難物が残っているのさ」
「難物?」
「大蔵大臣セイ・スノウ……先王の時からの大蔵大臣なんだがな。就任したばかりの頃は剛腕で、傾いていた国家財政を瞬く間に立て直したという功労者なんだが、それで増長して私利私欲に走り、今ではちょとした勢力を宮廷に築いてるのさ!」
「ほう」
「奴の本当の狙いは自分が今の王様に代わる事さ。その為なら、国だって売りかねない、腹黒い嫌なヤツだ」
 今まで黙っていたバッツがニューに話しかけた。
「そういう人間を何で大蔵大臣なんて重要な地位に留めとくんだ? さっさと解任しちまえばいいものを」
「証拠が無いんだとよ。さっきも言ったろう、腹黒い奴だと。うまいこと立ち回って、決定的な証拠がつかめないんだとさ」
「ホント、どの国も大変だな……」
 ザコ吉が他人事のようにつぶやいた。
 メフィスが感心したようにニューに言う。
「お前さん、ずいぶん宮廷の内情に詳しいのう!」
 ニューは慌てたように手を振った。
「よしてくれ。こんな事、子供だって知ってるさ」
 メフィスはルストの方を向いて言った。
「ルスト、もし通行手形の発行で王に会うとしたら、その辺りの所をうまく使って会うしかないのう」
「うん……」
 頷くルストを、今までとは打って変わった真剣な目つきで、ニューは見つめていた。



「……続いて、治水工事の予算作成についてですが……」
 分厚い書類の束を手にした、眼鏡をかけた知的な男性が朗々と報告を読み上げている。
 彼がいるのはエドヴァー王宮の最も神聖な所。
 王の間であった。
 その男性から少し奥に玉座がある。
 玉座には王の姿があった。
 エドヴァー国王――ヴァーチュリバー王であった。
 なるほど、王の姿はヴェールに隠れ、顔が良く見えない。
 王は先ほどから無言のまま、男性の報告を聞いていた。

 コンコン……

 男性の報告は、ドアをノックする音で中断された。
「はい」
 男性が返事をした。
「失礼する」
 入って来たのは、引き締まった体躯の男性だ。
 髪は短めに刈り込み、立たせてある。
 エドヴァー一の武人と称えられた、王宮親衛隊長のハン・ゾー卿であった。
「これはこれは、ハン殿」
 眼鏡の男性が深々と会釈する。
 ハン・ゾーはそれを無視して、まず玉座の前に行くと、王に向かって深々と頭を下げた。
「王よ、本日もご機嫌麗しく」
「…………」
 王は無言だ。
 が、ハン・ゾーは気にしない、
 王への挨拶が終わると、ハン・ゾーはようやく眼鏡の男性の方に向き直り、辺りを警戒するような目つきになって、小声で話しかけた。
「ラージ総務大臣、奴らがどうやらジッダイに入ったようですぞ」
 眼鏡の男性の名はラージヒルという。
 このエドヴァー王国の総務大臣であった。
「ハン殿、そんな小声で無くて大丈夫ですよ。ここには私しかおりませぬ」
「警戒しすぎて、過ぎる事はありません。なにせ、この宮廷の半分は大蔵大臣の息がかかっているのですからな」
「全く、あいかわらずの心配性ですな」
「真に剛勇の男とは、臆病者なのですよ」
「ふう……それで?」
「ともかく、奴らがジッダイに入ったのは確実です。いかがしましょう?」
「奴ら……って、ハン殿、まだ敵と決まった訳では無いのですから、よのような言い方は良くありません。むしろ王は味方にしたいと思っていらっしゃる」
 ラージヒルが王の前に置かれている、ポルカサテメネ大陸を表す地図の元まで行く。
 大陸を見ながらラージヒルが言った。
「先日、王宮に現れた天界の騎士様の言う事が本当であれば、魔王様の拠点に近いこのエドヴァー王国は、現状、世界で最も危険な国という事になる。舵取りを間違えれば滅ぶことになります」
「う……」
 ラージヒルの分析は的確だった。
 しかも、その言葉は自信に満ちている。
 基本的に、天界騎士が地上の者たちに干渉しないのは、以前のべた通りだ。
 が、これが魔王の暴走などとなると、少々事情が変わってくる。
 魔王軍の本拠地がある場所に近い国などには、警告に現れることもあるのだ。
 もちろん、天界騎士に直接面会する事の出来る人間は限られているし、一般の国民にもその事は伏せられているが。
「彼らも我が国のためになる可能性のある存在……無闇に敵対心を持ってはなりませんぞ、ハン・ゾー」
「心得ました」
 ここまで、ハン・ゾーとラージヒルの話に、ヴァーチュリバー王は一度も口を挟まなかった。
 ラージヒル達も、王の方をまるで気にせずに話を続けている。
 これは一体どういうことか!?
 その謎は後に取っとくことにして――
 ひとしきり話を終えた後、ラージヒルが嘆息しながら言った。
「もっとも、対外的な事に対処する前に内憂をなんとかしなくてはな」
 都合のいいと言うべきか。
 ちょうど、その内憂が現れた。

 ドンドン……

 ドアが荒々しく打ち鳴らされる。
「むっ!」
 ハン・ゾーが嫌な顔をした。
 ドアが開き、総髪の男が顔を表したのだ。
 色は白く、一見すると学者のようにも見える顔立ちだ。
 大蔵大臣セイ・スノウであった。
「王へのご挨拶をさせて頂く」
 セイ・スノウはゾロゾロと取り巻きを連れて部屋に入ってこようとする。
 それに対し、ハン・ゾーの大音声が響いた。
「それまでにして頂きたい! この神聖なる王の間に入れるのは、特別に許可された者のみ! 大蔵大臣以外の者たちは早々に立ち去れい!」
 ハン・ゾーの言葉にセイ・スノウは嫌な顔をする。
 取り巻きの者たちはハン・ゾーの迫力にやや青ざめていた。
 ハン・ゾーがさらにギロッと睨み、刀に手をかけた。
「退出されぬ者は反逆者としてこの場で斬り捨てる!」
 セイ・スノウはようやく口を開いた。
「我が供の者たちを斬ると言うか」
「いかにも!」
「お主、それがどういう事になるか分かっているだろうな!」
「わしの言葉は王の言葉だ! 王命に逆らいますかな、大蔵大臣!」
「クッ!」
 セイ・スノウは苦々しく口を閉じた。
 彼にとって、ハン・ゾーとラージヒルの二人は目の上のタンコブであった。
 決して自分の言う事を聞こうとしない。
 しかし、生涯で六百の戦いを全て生き残り、数々の武勲を上げて来たハン・ゾーとここで正面切って戦うほどセイ・スノウもバカではなかった。
「皆の者、下がっておれ」
「スノウ様!?」
「よいから」
 取り巻き達は足早にドアの外に出た。
 ラージヒルがセイ・スノウに向かって笑顔で口を開く。
「大蔵大臣、今日はいかなる御用で!?」
「王と直接お話がしたい」
 何故かハン・ゾーが唇をかむ。
 ラージヒルの方は笑みを崩さない。
「王は今、ご気分がすぐれません」
「国家にかかわる重大ごとなのだ。二人っきりで話をしたい!」
「ご気分がすぐれませんので、お引き取り願います」
 この間も王は無言であった。
 セイ・スノウは怪訝な目で王を見つめていた。
 そのまま王に向かって口を開く。
「王よ、このままでは例の噂を信じざるを得ませんぞ!」
「例の噂とは?」
 ラージヒルがあくまで冷静に聞く。
 セイ・スノウは苛立たしそうに叫んだ。
「王が一部の側近の言いなりに……いや、操り人形になっているという噂だ!」
「なんと!」
 ハン・ゾーが気色ばむ。
 ラージヒルがそれを目で制して、セイ・スノウに行った。
「大蔵大臣、噂は噂に過ぎません。そのような噂に惑わされるなど、聡明で名高いあなたのお名を傷つけることになりますよ」
「なに!?」
 その時だ。
「むむっ!」
 突然、セイ・スノウが懐から野球ボール大の小型の水晶玉を取り出す。
 それは微妙に振動しており、セイ・スノウは二人に背を向けると、水晶玉に向かって言った。
「なんだ!? わしは今、忙しい……なんだと!?」
 水晶玉は、通信用の魔法道具だったのだ。
 こちらの世界で言う携帯電話のような物である。
「し、失礼する」
 セイ・スノウは慌てて部屋を飛び出て行った。
「おや、帰ってしまわれた」
 そんな騒動があっても、王は無言のままであった。

To be continued.


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