非情! 邪なる神官

 ルスト達一行は、正面から神殿に突入した。
 途中、行く手を遮るダークシャーマンや魔術師、ヘルハウンドなどを薙ぎ払い、屠り捨て、奥へ奥へと侵入していく。
「ルスト、油断はしないで下さい! ここはレッサル軍の、言わば前線基地なんですからね」
「分かってる!」
 ブレイブセイバーを振りながらルストはジンの言葉に答えた。

「侵入者だと?」
 神殿の一室で、魔術師から報告を受けた三体のメタルゴーレムがギラリと目を光らせる。
 三体の内、二体は同型で、それぞれ炎と水のような装飾が施されている。色は赤と青。
 もう一体は、他の二体より一回り大型で、背中に植物の葉のような形の羽が生えている。色は緑。
 彼らはこの神殿の守護を務めるメタルゴーレムで、緑が長兄のフジーガ、赤はヒドーガ、青はゼニーガと言った。
 報告を受けた三人は弾んだ口調で話していた。
 神殿で暴れている連中の特徴が、話に聞いていた脱走者のジンや、彼と旅をしている天界の勇者と一致していたからだ。
「いよいよだな兄者!」
「おうよ! かのブラッディ達でさえ未だに成し遂げていない事をオレたちの手でものにするぞ!」
「さすれば軍内での我らの地位も上がるという訳だな!」
「この好機、何としてもディザスよりも先に手に入れるのだ!」
 かくして最前線へとたどり着いた彼らが見たものは、ボロボロにやられて横たわる負傷者の山だった。
「これは……!」
 そして――
「邪魔をしないで下さい! 向かってこないのであれば、傷つけるつもりはありません!」

 ヴァヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!

 メガフレアの火球が飛んでくる。
 三人が慌てて後方に飛んで避けた。

 ズヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 激しい爆発が起こり、やがて爆炎が晴れると、その向こうに立っていたのはルスト達だった。
 勿論、メガフレアはジンが放ったものだ。
「ん!?」
「あれは……」
 フジーガ達を見て、ジンが驚きの声を上げる。
「皆さん、油断しないで下さい! 彼らは、この神殿の守護騎士、トライデント三兄弟です!」
「見つけたぞ! 裏切り者のジン・フルート! そして光騎士の小僧共!」
「我ら兄弟の力の前に滅びよ!」
「滅びるがいい!」
「な、何か凄そう……」
 三体のメタルゴーレムを前に、ルストは思わず後ずさる。

 ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ルスト達が爆風に大きく吹き飛ばされる。
 ジンやメフィスが魔法でシールドを張っていなかったら、かなりのダメージを被ったに違いない。
 トライデント三兄弟のフォーメーション攻撃の前に、一行はかなりのピンチに陥っていた。
 三体のメタルゴーレムは立体的にルスト達を取り囲んだまま次々と動き回り、ちょうど彼らの死角となる位置から攻撃を加えてくる。
 一同は攻撃を防ぐのに精いっぱいで、反撃一つ出来なかった。
「ちっ、なかなかやるじゃねえか!」
 バッツはいつもの笑みを浮かべているが、その額には汗がにじんでいた。
(いけない! このままじゃ……)
 焦るルストだが、事態を打開する何の方策も思いつかなかった。
「死ぬのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、小僧!」
 焦りから生まれた一瞬のスキをついて、フジーガが突進してくる。

 ドガァァァァァァァッ!

「うわぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
 ルストは激しく吹き飛ばされて、石畳の床に叩きつけられた。
「ルスト!」
「ルスト様!」
 ザコ吉とセレナが、吹っ飛ばされたルストに叫ぶ。
 さらにそこに――
 ヒドーガからフレアの魔力を使った『炎の矢』、ゼニーガからアイスの魔力を使った『水の矢』、そしてフジーガからツイスターの魔力を使った『風の矢』が放たれたところだった。
「我ら兄弟の必殺技『三色の矢(トライデント・アロー)』、受けてみよ!」
 三種の魔力は融合して、巨大な破壊エネルギーと化し、ルスト達に迫る。

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 咄嗟に張ったシールドも空しく、彼らは大きく吹き飛ばされていた。
「痛てぇな、くそ……」
「やられちまったな……」
 バッツとザコ吉は、ルスト達とは少し離れた場所に吹き飛ばされていた。
 バッツの身体は、吹き飛ばされた衝撃で壁にめり込んでいる。
 ギシギシと全身がきしみ、あちこちから血が流れていた。
「バッツ、しっかり!」
 ザコ吉が思いきりバッツの身体を引っ張ると、壁から抜け出たバッツは思わず地面にうずくまった。
「クッ……」
 思わず歯噛みして、バッツがザコ吉に言う。
「なあ、ザコ吉。悪いがおれをあのバカ兄弟の側まで連れて行ってくれないか」
「無理すんなよ! そんな怪我で!」
「分かるだろ、ザコ吉。自分の落とし前は自分できっちりつける……おれをこんな風に一人で歩けない身体にした礼は奴らにしねえとな」
「……ったく、仕方ねえな!」
 ザコ吉は諦めたように、バッツを連れてトライデント三兄の方に歩き出した。

 建物の瓦礫の山に囲まれて、ルストとセレナは倒れていた。
 ルストがセレナを抱きしめたまま地面に激突した格好になっているため、セレナの衝撃は小さく済んでいる。
 セレナは目を開けてそれを知った時、感動でウルウル目になっていた。
「ルスト様、私を庇って……」
 少し遅れて目を開けたルストが最初にしたことは、苦痛に顔をゆがめる事だった。
「いててて……」
「ルスト様、大丈夫ですか!?」
「なんとかね。でも、次にあんなの喰らったら、ちょっとヤバいかも……」
 ちょうどその時、眼前にトライデント三兄弟が迫っていた。
「まだ死んでいなかったか!」
「しぶとい奴め!」
「が、今度こそ終わりだ!」
「くっ!」
「駄目です!」
 その時、咄嗟にジンが飛び出すと、呪文を唱えながらルスト達とトライデント三兄弟の間に割って入るように飛び出した。



「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 三体のメタルゴーレムからまたしても合体技『三色の矢』が放たれる。
 けれど、それより一瞬、ジンの呪文の方が早かった。

 グー・ダッ・ガー・バク・レイ・ゲム!
(大気よ、唸り弾けろ!)
「爆裂呪文・ボンバー!」

 シュガァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!
 バシュォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

『三色の矢』とボンバーが激突する。
 二つのエネルギーは凄まじい反応を示し、大爆発が巻き起こった。

 ズガガガガガァァァァァァァァァァァァァァァァン!

「くぅぅぅぅっ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ジンも、そしてトライデント三兄弟も吹き飛ばされる。
「くっ!」
 ジンは魔法力で体勢を立て直すと、見事、地面に着地した。

 ドガッ! ドガッ、ドガッ!

 三体のメタルゴーレムの方はまともに地面に激突していた。
 機体を床に大きくめり込ませる。
「クッ……おのれっ!」
 ようやく身体を起こす三体だが、その時にはセレナを安全な場所に逃がしたルストが既に眼前に迫っていた。
「遅い!」
「なにっ!?」
 炎をまとったブレイブセイバーを構え、ルストが高々と宙に飛ぶ。
「火炎斬!」
 刃が振り下ろされ、ゼニーガの機体が真っ二つに斬り裂かれる。
「あ、兄者……うぐっ!」

 ズガァァァァァァァァァァァァァァン!

「ゼニーガ!」
 ゼニーガの機体が大爆発を起こした。
「どうだ!」
 が、一瞬の油断か、ルストは怒りに燃えるヒドーガに両腕をつかまれてしまう。
「しまった!」
「小僧、ゼニーガの仇だ!」
 しかし、ヒドーガは魔法を使う事が出来なかった。

 ズシャァッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 いつの間にか、ヒドーガの背中から胸にかけて、普通の倍はあろうかという長剣が突き刺さっていた。
 中の魔力炉をも貫通している。
 核を貫かれ、ヒドーガは機能を停止した。
 バッツが残っていた力を振り絞って、剣を投げつけたのだ。
「ふう……ま、これで少しはすっきりしたな」
 例のシニカルな微笑みを浮かべたまま、バッツは意識を失った。
「大した奴だな」
 床に倒れたバッツを見つめ、ザコ吉が呟いた。

「さあ、あとはお前だけだ!」
 ルストとジンは最後に残ったフジーガと対峙していた。
「くっ……よくも弟たちを!」
 フジーガも構えをとるが、すでに合体技が使えない以上、勝ち目は薄い。
「ちぃっ!」
「なんだ!?」
 ルスト達の見ている前で、一転してフジーガは逃走に移った。
 いったん退いて体勢を立て直そうという戦法なのだ。
 一瞬ルストも追いかけようとするが、後ろの仲間達の姿を見て、思いとどまった。

「メフィスさん、ザコ吉、バッツの手当てはお願いします」
「分かったぞい」
「任せな!」
 意識を失ったままのバッツをザコ吉とメフィスに任せ、ルスト、ジン、セレナの三人は、さらに神殿の奥へと進むことになった。
 本当はセレナもバッツの手当てを頼もうとしたのだが、さすがに二人では危険だと言って譲らなかったのだ。
「バッツの手当てが終わったら、すぐに追いかけるからな! それまでお前ら、死ぬんじゃねえぞ!」
 ザコ吉の言葉に、ルストは微笑んで頷いた。

「くっ、よくもこのトライデント三兄弟を……! この借りは必ず……むっ!?」
 神殿の奥へ逃走していたフジーガは、ふと、人の気配を感じて振り返った。
 立っていたのは派手に飾り付けた黒い層服姿の男――ディザスだ。
「フジーガ、奴らから手を引け。お前が勝てる相手ではない」
 ディザスは冷たく言い放った。
「なんだと! 貴様のようなエセ神官の命令を受けるオレではないぞ!」
「私を愚弄するのはやめなさい。死ぬことになりますよ」
 ディザスは冷たい声で言い放った。
 けれど、フジーガも負けてはいない。
「面白い! 前からお前は気にくわなかったんだ! やると言うならやろうじゃねえか!」
「フ……この美しい私に逆らうとは」
 ディザスがあの氷の微笑みを浮かべた。
「ほざけ!」
 フジーガは構えをとって、ディザスと対峙した。
「さあ、ディザス、死ぬのは貴様だ!」
 だがディザスは微笑んだままだった。
「フフフフ……」

 ハー・ディス・ムニキス・ナムトラ・ヤクマ!
(おおっ、冥界の王よ! この御霊を捧げよう!)

 ディザスの口から呪文が朗々と流れ出た。
 唱え終わった直後、フジーガの機体が一切の動きを止めた。
「なにっ!? 身体が動かん!」
「それだけではありませんよ」
「ううっ……なんだ、この圧迫感は!? うぉぉぉぉぉぉぉぉっ! だ、誰だ! 誰かがオレの中に入ってくる!」
「フ……私ですよ。私の魂が、あなたの心を喰らおうとしているのです。
 見れば、氷の笑みを浮かべたままのディザスの身体が、徐々に薄く、透明になっていく。
「こんな……こんなバカな! あああ……」
 驚くべきことに、ディザスは他人の身体を乗っ取り、魂を消して憑依するという極めてまれな魔法の使い手だったのだ。
「フジーガ、お前を我が手足としてあの小僧共を倒してやろう! これならばお前も本望だろう? フフフ……美しい私の慈悲ですよ」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 フジーガから断末魔の悲鳴が上がる。
 この瞬間、フジーガとしての人格はこの世から消え失せたのだ。
<フジーガ、今より、この美しい私がお前の身体の持ち主だ!>
 フジーガの中からディザスの声が響いた。



 ルスト達三人は、さらに神殿の奥深くへと進んでいた。
 このまま行けば、最深部までもう少しという所だ。

 バッ!

 一同の目の前が開ける。
 ルスト達は広い部屋へと出ていた。
 神殿の最奥部に到達したのだ。
 だが、中にはまるっきり人の気配が無かった。
「これは……?」
 怪訝な表情をしながら、ルストが先頭に立って進む。
 その時だった。

 ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 突然、巨大な爆発が起こり、ルストが吹き飛ばされていた。
「ルスト!?」
「ルスト様!」
 ジンとセレナが、慌ててその場に駆け付ける。
 床に叩きつけられ、辛うじて立ち上がったルストの前に現れたのはフジーガだ。
 いや、今は――
「メタルゴーレム!? ……ううん、違う! こいつからは生命が感じられない!」
<初めまして、光騎士の小僧共。私の名はディザス・テイター。この神殿を取り仕切る美しき神官だ!>
 メタルゴーレムから声が響く。
「ディザス・テイター!?」 
<行くぞ、小僧共!>
 問答無用でフジーガが動いた。

 シュォォォォォォォォォォォォォッ!

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
 フジーガからツイスターの魔力を利用した『風の矢』が連続して飛び出した。
 それはルストを、その周りにいる仲間達を吹き飛ばしていく。
「火炎呪文・メガフレア!」

 バシュゥゥゥゥゥゥッ!
 ヒュンッ!

「ああっ!」
 ジンも反撃するが、それは軽くかわされてしまう。
 先の戦いの時のフジーガとは段違いの動きの良さであった。
 フジーガの能力が一〇〇パーセント発揮され、さらにそこにディザスの能力が組み合わさっている。
「やられてばかりじゃないぞ!」
 ルストがブレイブセイバーを構えて突進する。
「うぉりゃあああああああああっ!」
 が、その鋭い突きはフジーガの手によって受け止められていた。
「なにっ!?」
<ふははははははははははははははっ! このフジーガを、お前の知っているフジーガと同じと思わぬことだ!>

 バキィィィィィィィィィィィィッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ルストが叩き飛ばされ、床を大きく転がった。
「ルスト様! よくも!」
 セレナが大きく飛翔する。
「これならどう!?」
 セレナの翼から、無数の羽がまるで手裏剣のように飛び出した。

 ヒュン! ヒュン!

 セレナの羽がフジーガの装甲の隙間から飛び込んでいく。
 比較的脆い関節部を狙ったのだ。
 が、フジーガの動きは止まらない。
<馬鹿が! 既にフジーガの意識は死んだも同然! どこを傷つけようが関係ないわ!>
 セレナに向かってタイフーンの竜巻が叩きつけられる。

 バシュゥゥゥゥゥゥゥゥン!

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 巨大なカマイタチを受けたように、大きく傷を受け、セレナは地面に転がった。
「セレナ!」
 ルストが叫ぶ。
 痛みに顔をしかめながらも、セレナは必死に笑みを作った。
「だ、大丈夫です……」
「良かった、生きてる……」
 ホッとしたのもつかの間、フジーガはまたもルスト目がけて迫ってくる。
<ふはははははははははははっ! どうした! お前たちの力はこんなものか!?>
「うっ……」

 バッ!

 フジーガの背中に会った翼が大きく開いた。
「三色の矢(トライデント・アロー)!」

 ズグワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

 魔法力が無数の矢と化してルスト達に迫る。
 本来、三体のメタルゴーレムが集まって初めて出来る『三色の矢』が、ディザスの能力か、フジーガ一体から飛び出していた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 またも吹き飛ばされ、ルスト達は重傷を負って地面に転がった。
 特にまともに喰らったルストは、半ば気絶するほどのダメージを受けていた。

 ガシャ……ガシャ……

 響く音に気付き、ジンが前方を見据えた。
 フジーガが近づいて来る。
 ルスト達までほんのわずかな距離で立ち止まると、またも大きく翼を広げた。
「くっ……」
 ジンは必死に痛みをこらえながら立ち上がると、フジーガに向かって叫んだ。
「ディザス神官、聞いて下さい! 今、レッサル軍は“悪意”の脅威に脅かされているのです! このままでは……」
<ククク……何か勘違いしてはいないか?>
「えっ?」
<レッサル軍などどうでも良い。私の目的は、お前たちの命なのだからな>
 思いもよらぬディザスの言葉に、ジンは目を見開く。
「どういう事です!?」
<我が神をこの世界へと導くためだ! 破壊と殺戮の神をな! ククク……レッサル軍は実に便利だったぞ。魔王軍と聞けば、生贄となる信者も集めやすかったのでな>
 そう。
 ブラッディが危惧していた通り、ディザスは己の目的のためにレッサル軍を利用していたのだ。
 しかも、この世界に破壊神を呼び出すという最悪の目的のために。
 と、そこへ声が響いた。
「ディザス司教、今の言葉、間違いはあるまいな!?」
 瞬間、二つの影がフジーガとルスト達の間に割って入るように降り立った。
 ブラッディとマリーだ。
<何の真似だ? お前たち、まさかそ奴らの味方をするつもりか?>
 が、ブラッディたちはディザスの言葉を鼻で笑った。
「我らジャバット兄妹の任務は、レッサル軍に仇なす者の討伐だ!」
「少なくとも、今はジンたちより貴方を討伐するのが先決だと判断しただけですわ!」
 ブラッディは、ジン達の方を振り向くと言った。
「そういう訳だ、ジン。こやつは我らが粛清する。お前たちは手出し無用ぞ」
<ふっ、この美しい私に逆らうとは面白い>
 フジーガと、魔人態となったブラッディが同時に飛び出す。

 もしも今、天井からこの部屋を眺めたとしたら、ぶつかり合う黒と緑の光を認めることが出来ただろう。
 広い空間の中を、ぶつかり、離れ……
 そんな事を繰り返す、黒と緑の光。
 黒はブラッディ。
 緑はメタルゴーレム・フジーガの身体を乗っ取ったディザス・テイター。
 両者の戦いは、恐るべき静寂を持って進行した。
 接触するのはほんの一瞬。
 それ以外で聞こえるのは、高速で移動する両者の風を切る音だけだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ブラッディが、常人の目ではとられられないほどの速さで手刀を繰り出す。

 ガゴォォォォォォォン!

 絶妙の突きは、しかしながらフジーガの外殻をほんの少し削るにとどまった。
「くそっ!」
 ブラッディもフジーガも大きく後ろに跳んで、次の一撃を避けた。
<ククク……なかなかやるではないか!>
 フジーガから嬉しそうな声が響く。
 強力な魔法を放とうにも、互いの動きが速すぎて、呪文ではその動きを捕らえられない事は明白だ。
 かくして、ブラッディとフジーガの戦いは格闘技となった。
 両者の身体が交錯し、すぐに離れる。
 間合いと気合を計り、必殺の一撃を喰らわすことのみを目的にぶつかり合いを続ける。
 わずかな気の緩みが死につながる、文字通りの死闘である。
 戦いは膠着状態に陥っていた。
<私とここまでやり合ったのは、ブラッディ、お前が初めてだ! だぁが、最後はこの美しい私が勝つのだ!>
 フジーガはくるりと向きを変えると、一転してルスト達の方へ飛び出した。
「えっ!?」
 フジーガの腕が、ルスト達の前に立っていたマリーに伸びる。

 ガシッ!

「んっぐ!」
 次の瞬間、マリーはフジーガによって首をつかまれ、空中へと持ち上げられていた。
「マリー!」
 動揺して、一瞬ブラッディの動きが停まる。
 そこを逃すディザスではなかった。

 ドヒュッ!

 フジーガの手刀は、ブラッディの腹をまともに貫いていた。
「うぐっ!」
「ブラッディさん!」
 大きなダメージを負ったブラッディは、その場に膝をつく。
 ディザスはそんなブラッディを軽蔑したような目で見ると、目を細めてその近くにマリーを放り捨てるように投げ下ろす。
「きゃあっ!」
 したたかに背中を打ち付け、マリーがその場にうずくまった。
「マリー!」
 ブラッディとジンが、慌ててマリーの下へ集まる。
「大丈夫か、マリー!?」
 ブラッディが貫かれた腹を押さえながら、マリーを抱き起す。
 マリーは苦痛に顔をゆがめつつも目を開ける。
 視界に入ったのは、血まみれになりながらも自分を心配そうに覗き込む兄の顔だった。
 泣きそうな顔になって、マリーがブラッディに縋りついた。
「お兄様、ごめんなさい! わたくしのせいで……」
「いや、マリー、お前のせいじゃない……」
 優しい笑みを浮かべながらブラッディはマリーの頭に手を乗せるが、彼の傷は深く、戦闘続行が不可能なのは明白だ。
「くっ……!」
 ジンはそんな二人を庇うように、傷の痛みをこらえながらも前に出る。
<ふははははははははははははははははっ!>
 ディザスの勝利を確信した嘲笑が辺りにこだまする。
<さてと……死にゆくお前たちに、面白い物をみせてやろうではないか!>
「…………!?」
<見るがいい、呪われた我が魔法の正体を!>
 叫びと共にフジーガの装甲が一気に黒く染まる。
「何なのです? ……あっ!」
 真っ黒になったフジーガの装甲が蠢いている。
 妖しいさざ波を立てて、装甲に何かが現れようとしていた。
 それも無数に。
「!」
 全員が思わず息を飲んだ。
 フジーガの装甲の上にクッキリと浮かび上がったものは、人間の顔であった。
 たくさんの人の顔が重なり合って、フジーガの装甲でうめいているのであった。

<オオオオオオ……>
<苦しい、苦しい、苦しい、苦しい……>
<熱い、熱い、熱い、熱い……>
<アアアアアアアアア……>
<やめて、やめて、やめて、やめて……>
<ウガッウゲッウガッ……>
<痛い、痛い、痛い、痛い……>

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 マリーとセレナが絶叫した。
 直接頭に響いてきたうめき声に対して、彼女達の心が耐えられなくなったのだ。

 ビクッ!

 その悲鳴にわずかだがルストが反応していた。
 だが、まだ表情は虚ろなままだ。
 マリー達の動揺を知って、ディザスはさも嬉しそうに言った。
<フフフ……どうかな。我が神は死んだ人間の魂を喰らうのだよ>
「ひ、ひどい……」
<こうして成仏できない人々の怨みの気持ちが、我が力の源となる訳なのだ。お前たちも知っておろう! 魔法力に最も近いものは人の精神エネルギー……ましてそれが怨みの気持ちなら、人を殺すのにこれほど都合の良いエネルギーは無いっ!>
「あ、あなたはそれでも人間ですか!? 許されない! こんな事絶対に許されるはずがない!」
<フフフ……あなた達のその狼狽する言葉が聞きたかったのだよ! どうだ! その怒りに対して何も出来ない己のみじめさは!? さぞかし悔しかろうに!>
 ディザスは勝ち誇ったように叫んだ。
「あなたという人は……!」
 ジンはキッとフジーガを睨みつけた。
 だが、フジーガからは歓喜に満ちた声が響くのみだ。
<ふははははははははははははははははははははっ! 怒れ、光騎士の小僧! そしてつまらぬ魔王に仕えし者たちよ! そして絶望感に浸って死ぬがいい!」 
 ディザスがこれ以上ないくらい残忍な笑みを浮かべながら、からかうように言った。
 が、彼は最後の最後で取り返しのつかない失敗を犯したのだ。
 ルストが己の意志で目を見開いていた。
 怒りのため、真っ赤に染まった目を――



 ようやく治療が終わり、駆け付けて来たバッツたちは、フジーガにいいようになぶられているルスト達を見て飛び込もうとした。
 だ、直前になってメフィスが止めた。
「なんでだ!? このままじゃ、ジン達が!」
 非難の声を上げるバッツに対して、メフィスはルストの方を見据えたまま言った。
「感じんかの、あの波動を! ルストから出とるありゃ……怒りじゃ!」
 メフィスは何があってもすぐ脱出できるように、バッツとザコ吉の肩をつかんだ。

<あなたたちも、死んだ後はここに加えてやろう! どうだ、嬉しかろう!>
 フジーガにツイスターとフレアとアイスの魔力が集まっていく。
 絶体絶命。

 ズグワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

<これで終わりだ!>
 勝利に満ちた声と共に『三色の矢』が飛び出した。
 圧倒的な破壊のエネルギーがルスト達に向かっていく。
 が――

 ガゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

 強大な波動に『三色の矢』は一瞬にして消滅し、フジーガの機体は吹き飛ばされていた。
<なにっ!?>
「許さない……」
 ルストが立ち上がっていた。
 ルストから凄まじい怒りの視線をディザスは感じる。
 それは、気の弱いものならばそれだけで戦闘不能になってしまうほどの迫力を持っていた。
 虹色の魔力がオーラのごとくルストからほとばしった。
<こ、これは!>
 その光こそ、ルストの怒りだ。
「多くの人の命を、そして魂を弄ぶお前という存在……絶対に許さない! おれは生まれて初めて人を殺したいと思った!」

 シュゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 虹色の光が爆発したようにルストの身体から放たれた。
「いかん!」
 メフィス達の身体がとっさにかき消すように消える。
 迷宮脱出呪文・エスケイプだ。
<そんな、まさか!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>
 フジーガはその光に飲み込まれ、一瞬にして原子のレベルまで分解されていた。



「あの力は……」
 天界のフィーラスは、下界で起こった力の波動を感じていた。
「気づいたかい、フィーラス。あれはルスト君だ」
 そばにいたファーストも、フィーラスの考えを肯定するように頷く。
「瞬間的にとは言え、今のルスト君のレベルであれだけの力を引き出すなんて……あの頃の私たちにも出来なかった事だよ」
 あの頃……つまり、彼らが石川、上田、岡野として、トゥエクラニフで冒険していた頃のことだ。
「あの子は純粋なだけに、感情が爆発した時の力もすさまじい……フィーラス、君も気づいていたんだろう?」
「…………」
 ファーストの問いに、しかしフィーラスは答えなかった。

 一方、ディザスは消耗した足取りでテンペル山脈をさまよっていた。
 フジーガが消滅した時、脱出するのに精いっぱいで、精神的にも体力的にも限界が来ている。
 額から右目にかけて、凄まじい火傷の跡がある。
 フジーガが消滅した瞬間に出来た傷であった。
 本来、あくまで対象の身体を乗っ取っているディザスにはダメージが行くことは無かったはずなのだが、ルストの七色の光はディザス本体にも作用したのだ。
「おのれ……おのれ……」
 ディザスは耐えようのない怒りに身を震わせていた。
 一つは恐怖を感じた己に対する怒りであり、もう一つは心にも身体にも傷をつけたルストに対しての怒りであった。
「この美しい私を……。必ず、必ず殺してやる!」
 薄暗い森の中で、ディザスはいつまでも呟いていた。

 ルスト達は神殿から脱出し、バッツたちと合流していた。
 あの瞬間、ルストの後ろにいたジンやセレナ、そしてブラッディとマリーは光の影響を受けず、無事だったのだ。
 もともと人族よりも高い回復力を持つ魔族であるブラッディは、本調子ではないものの、なんとか立って歩けるくらいにまでは回復していた。
「今回は借りが出来たな。だが忘れるな、お前たちの逮捕を諦めたわけではないぞ!」
「お兄様を助けて下さって、有難う御座います。ごきげんよう、ですわ」
 マリーの肩を借りながら立ち去っていくブラッディを、ルスト達は笑顔で見送っていた。
「さて……これからどうする?」
 バッツが尋ねる。
 神殿を攻略した以上、すでに彼らはサレラシオ大陸でする事が無くなってしまったともいえる状況なのだ。
「ポルカサテメネ大陸に向かいましょう。レッサル軍の本陣があるのはそこです」
 ジンの提案に、全員が頷いた。
(それにしても……)
 ルストは黙ったまま、自分の掌を見つめていた。
 自分にあれだけの力があったなど、自分でも初めて知ったのだ。
(でも、あれじゃ駄目だ。ちゃんと自分の意志で、あの力をコントロール出来るようにならないと……)
 決意を新たに、ルストは一歩を踏み出すのだった。

To be continued.


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