ネコの催眠術
☆ アニマン・シティは、動物たちの町。土曜日の夜、そのアニマン・シティの劇場で、魔術大会が開かれる。 劇場の中は、ぎっしり満員。席が足りなくなったので、ウサギはトラの頭に乗っかり、子豚はライオンのおじさんに抱っこされてるという具合だ。 とにかく、アニマン・シティの動物たちは仲がいい。どんなに強い動物だって、他の動物を食べるようなことは全然しない。その代わり、トラやライオンのおじさん達は、ブタやウサギなんかを、むしゃむしゃ、やってる。 それじゃ、やっぱり、他の動物を食べてるんじゃないかって? ところがどっこい、ライオンのおじさん達がむしゃむしゃやってるのは、本物じゃない。工場の機械で作った、偽物のウサギや豚なんだ。ところが、偽物とは言っても、味も形も本物そっくり。こんな便利な食べ物が発明されたおかげで、ライオンのおじさん達は、他の動物を捕まえたり、殺したりしなくても、暮らせるようになったんだ。 そのため、動物たちの暮らしも、ずいぶんと進歩した。町が出来たし、工場が出来た。立派な公園や、劇場も出来た。その劇場で、ある土曜日の夜、魔術大会が開かれることになったという訳だ。 トランプを使うキツネの手品、二匹のクマのアクロバット、ガソリンを飲んで口から火を吐くゴリラ……。楽しい出し物がいろいろと続き、最後にいよいよ、一匹のネコが、するっと舞台へ現れた。 遠い町からやって来た、ネコの催眠術使い。催眠術って、何のことかわからないけど、ともかく動物たちは、わあーっと一斉に拍手した。 ほんのちょっぴり、お辞儀をすると、ネコはいきなり、持っていた鞭をパチッと鳴らした。 「それでは早速、始める事に致しまする。トラさん、子豚さん、ウサギ君、ご面倒でも、しばらくお相手を願いたい」 トラたちは、照れくさそうに、舞台へ出て並んだ。 「さっそくお引き受け頂いて、かたじけない」 ペロンとネコは、舌なめずりをしたかと思うと、ぴーんと尖った自分の耳を、ぴくぴくぴくぴく、動かし始めた。ぴくぴくぴくぴく、ぴくぴくぴくぴく……それをじっと見つめているうちに、トラの目も子豚の目もウサギの目も、だんだん、とろーんと眠そうになって来た。 するといきなり、甘い甘い、甘ったるい声で、ネコがトラに向かってささやきかけた。 「どうです、トラさん。ここらで、陽気にひと踊り、楽しく騒ぐってのはいかがです?」 「いいねえ、踊ってみたいねえ」 とろーんとトラが答えると、ネコは片目をつぶった。 「そーら、音楽も聞こえてきましたぞ。さ、踊ったり、踊ったり」 音楽だなんてウソだった。全然聞こえてこなかった。ところが、トラときたら、愉快で愉快でたまらないといった顔で、くにゃくにゃ、くにゃくにゃ、踊りだしたんだ。 続いて今度は、子豚の番。ネコは優しくささやいた。 「さあて、君には、鳥のように飛んでもらうとしよう。そーら、飛べ、飛べ、飛び上がれ」 その途端、子豚は足をばたばたさせながら、劇場の中を飛び回り始めた。 なるほどなるほど。これが、催眠術と言うものか。 それにしても、トラや子豚のへんてこな姿と言ったら……。拍手する者、笑う者、劇場の中は、大騒ぎだ。 ネコは、今度はウサギに呼び掛けた。 「さて、ウサギ君。君は一体、何者ですかな?」 「ぼく、ウサギだよ」 ウサギも、とろーんとした声で答えた。 「いやいや、違うぞ。君はウサギじゃなくて、アップルパイだ。そうじゃなかったかね?」 「そうだ。ぼく、アップルパイだったっけ」 「そうとも、そうとも。ところでアップルパイ君や、ひとつ、この私に食べられてみたくはないかね?」 「うん、食べられてみたいなあ」 「よし、よし。入り口は、こっちだよ」 ぱくっとネコは、口を開けた。いくらネコの口だって、ウサギの身体が丸ごと入るはずはない。ところがその口の中へ何とか潜り込もうと、ぱたぱた、ぱたぱた、ウサギは大騒ぎ。それを見た動物たちは、きゃあきゃあ、きゃあきゃあ、大笑い。あんまり笑いすぎて、お腹が痛くなった者までいるほどだ。ところが、その時、 「馬鹿な真似は、やめろ!」 誰かが、物凄い声で怒鳴った。 その声は、やっぱり、ライオンのおじさんだった。ライオンのおじさんは、厳しい目つきで、ネコを睨みつけた。 「やい、わし達の仲間を食べようとするなんて、一体、どういうつもりだ」 「なあに、今のは、ほんの冗談で」 「冗談だろうが何だろうが、仲間の動物たちを馬鹿にするような真似は、このわしが許さん」 「ほほう、するとライオンさんは、本物のウサギや豚を、もう一匹も食べたくないとおっしゃるんですかい?」 「当たり前だ」 「なーるほど、それは感心」 この時、ネコは急にこの平和な町をめちゃめちゃにしてやりたくなった。 「しかしですな、ライオンさん。あなたも、心の底の方では、本物の動物をばりばりばりっと食べてみたい。そんなふうに考えてるのと違いますか?」 「なんだと……」 その途端、ぴーんと尖ったネコの耳が、ぴくぴくぴくぴく、動き始めた。ぴくぴくぴくぴく、ぴくぴくぴくぴく……ライオンのおじさんの目も、だんだん、とろーんと眠そうになって来た。すると、甘い甘い、甘ったるい声で、ネコが優しくささやきかけた。 「ライオンさん、も一度、お尋ねしますがね。ほんとに、あなたは、本物の動物を食べたくはないんですかい?」 「い、いや、さっき言ったのは、みんな、でたらめだ」 唸るように、ライオンのおじさんが答えた。きいきいと、かすれるような、まるでへんてこな声だった。 「偽物を食べるなんて、我慢できん。わしは、本物の動物が食いたい。ばりばりと食ってやりたいんだ」 「そんなら、遠慮なく、本物の動物をお食べなさい。そら、そこにも一匹いるじゃありませんか」 ネコは、鞭の先でウサギの方を指さした。ライオンのおじさんは、があーっと真っ赤な口を開けた。 「ひゃあ!」 ウサギは、ぎゅっと目をつぶって、がたがた、がたがた、震えだした。動物たちも、一匹残らず凍り付いたようになった。 パチッと、激しくネコが鞭を鳴らした。 「やい、さっさと食べろ、ライオンめ。偉そうなことは言っても、それがお前のほんとの姿だ。みんなも、よっく見とくがいい」 ぱちっと、も一度、鞭が鳴った。 その途端、ライオンのおじさんは振り返ると、ひらっとネコに飛びかかった。どたっと、ネコは尻餅をついた。 「な、何をする!」 「お前も、本物の動物に違いない。だから、手近なお前から食べてやろう」 ライオンのおじさんの声は、やっぱり、きいきい、かすれていた。 ネコは慌てて逃げ出そうとした。だけど、もう遅い。たちまち、ぺろんと飲み込まれてしまった。 「おおーっ!」 動物たちは、一斉に叫び声をあげた。 その声で、催眠術が解けたらしい。ライオンのおじさんは、急にぱちくり、辺りを見回した。 「はあて、ネコのやつ、一体、どこへ行ったんだ」 「ネコだったら、ライオンのおじさんが……」 そこまで言いかけて、ウサギは急に気が付いた。 催眠術にかけられていた間の事を、ライオンのおじさんは、何にも覚えていないんだ。もしも、本当の事を教えたら、ライオンのおじさんは、死ぬまで苦しむかも知れない。 そこでウサギは、嘘をつくことに決めた。 「おじさんを催眠術にかけた後、ネコの奴、こそこそ逃げてった。ここへはもう、二度と来ないって言ってたよ」 おしまい 戻る |