青い花の秘密


                    ☆

 むかしむかし、オランダの国に、まだ妖精たちが住んでいた頃、森の樫の木の下に、一軒の猟師の家がありました。その家に、ブンドルキンという可愛い少女がいました。
 ブンドルキンはだんだん大きくなって、輝くばかりに美しい娘になりました。村の若者たちは、ブンドルキンと結婚しようと、てんでに見事な毛皮や宝石など、素晴らしい品物を持ってやって来ましたが、ブンドルキンは誰にも承知をしませんでした。
 ある時も、
「自分は糸吐き頭です」
 という、まるで蜘蛛のような気味の悪い顔をした男がやって来て、ブンドルキンに、
「どうぞ、私のお嫁さんになって下さい。そうしたらあなたに、毛皮や宝石なんかより、もっともっと大切な事を教えてあげますから……」
 と、一生懸命頼みました。
 けれどもブンドルキンのお母さんは、この男の顔があまりにも変なので、
「あなたに娘はやれません。さっさと帰って下さい」
 と、乱暴な言葉で追い返してしまいました。
 それからというもの、ブンドルキンに結婚を申し込みにやって来るものは、ばったりといなくなってしまいました。
 その内、ある日、ブンドルキン一人が家で留守番をしていると、家のすぐ横にある樫の木の葉が、風も無いのにしきりにザワザワと音を立てました。
(あらっ、変だわ……)
 ブンドルキンは不思議に思って、木のざわめきに聞き入っていると、その木の葉の音は、やがて人の声になって聞こえてきたのです。
「この前お宅へ伺った糸吐き頭という男は、実を言うと蜘蛛なのです。けれども、今度あの男があなたの所へ行ったら、あの男のいう事をよく聞いた方がいいのです。あの男は、この世で一番賢い男ですから、未来のことまで知り通していて、あなたに不思議な事を教えてくれますよ」
 そう言ったかと思うと、また、元の通りに静まり返ってしまいました。
 ブンドルキンが驚いていると、一匹の蜘蛛が木の枝からすうっと下がってきて、ブンドルキンの側にあった棒の上にとまりました。
「今、木の葉が言っていたのはあなたの事なのね。それで、どんな事を教えて下さるのです」
 ブンドルキンがさっそく尋ねると、
「お教えする前に、お願いがあります。この前もお頼みしたように、どうか私のお嫁さんになって下さい。でも、今すぐにというのではありません。今はあなたのお部屋に巣をかける事を許して頂いて、いつもあなたのお顔が見えるところにいられれば、それでいいのです。そうしたら、私はそこに住み込んで、あなたに色々良い事をして差し上げます」
 と答えました。
「巣をかけるぐらいでしたら構いませんわ。あなたの思い通りになさって下さい」
 ブンドルキンがそう言ったとたん、急に激しい嵐が吹き付けて、樫の大木を吹き倒したかと思うと、その後に御殿のように立派な一軒の家が現れました。この家には、美しい花園が付いていました。
「まあ、素敵!」
 ブンドルキンが喜んで花園を歩いていると、今まで見た事も無い青い花が咲いているのを見つけました。
 そこへ蜘蛛が来て、
「さあ、ブンドルキンさん、この家の部屋の中で、あなたが一番いいと思う所を、自分の部屋にお使いください。そして、私がどこへ巣をかけたらいいか決めて下さい。私がそこに住んでから、百日の間、私に親切にして下さったら、あの青い花の秘密を教えてあげます」
 と言いました。
 ブンドルキンは言われた通り、自分の気に入った部屋を選んでから、
「あなたの巣はどこがいいかしら……。そうね、あそこが一番良さそうですわ」
 と、日当たりのよい窓の側の、天井の隅を指さしながら蜘蛛に言いました。
 蜘蛛は嬉しそうに、さっそく身体から真っ白い糸を繰り出して、巣を作り始めました。
(なんて綺麗なのでしょう。まるで絹糸のようだわ)
 ブンドルキンは不思議そうに、それをいつまでもいつまでも飽きずに眺めていました。


 そのうちに日が暮れてきました。ブンドルキンは寝床が無いのに気が付いて、
(あら、困った、どうしたらいいかしら……)
 と考えていると、蜘蛛にはすぐそれが分かったらしく、
「私が今、素晴らしい寝床を作ってあげましょう」
 と言ったかと思うと、ふわふわと柔らかい毛皮が現れて、床をすっかり覆いました。
 ブンドルキンは目をみはって驚きましたが、しばらくして毛皮の上に横になり、いつの間にか気持ちよさそうに眠ってしまいました。
 その夜、ブンドルキンは夢を見ました。自分が身に着けていた、重くて厚ぼったい獣の毛皮が自然に脱げ落ちて、いつの間にか薄くて柔らかな、真っ白い布の服を着ていたというような夢でした。
(何と着心地の良い服でしょう……。まるで露に濡れて銀色に光っている蜘蛛の巣みたい!)
 と、ブンドルキンは夢の中で思いました。
 こうして、一日、一日と過ぎていくうち、ブンドルキンと蜘蛛は、仲の良い友達になりました。ブンドルキンは、蜘蛛が教えると言った青い花の秘密を早く知りたくてたまりませんでしたが、
(いくら友達になったからと言って、約束の百日が経たない内にそんな事を聞いたら、蜘蛛さんはきっと怒るに違いない)
 と思って、じっと我慢をしていました。
 夏が過ぎて、木の葉がパラパラと散る秋になりました。
 ある日、ブンドルキンは庭を散歩しながら青い花の咲いている所へ行ってみると、花は散ってしまって、茎だけが固く真っ黒になって残っていました。それを見たブンドルキンは、
(おやおや、すっかり枯れてしまって……。こんなつまらない物の中に、秘密なんかがあるのかしら……)
 と、なんだかとても悲しい気持ちになってしまいました。
 ところがその時、突然大嵐が吹き付けて、辺りが見えなくなるほど木の葉を吹き散らしました。ブンドルキンはびっくりして目をつぶり、そこに立ったままでいました。でも、じきに風はやんで、元通り静かになったので、ブンドルキンは目を開きました。
 と、どうでしょう。自分のすぐそばに、たいそう美しい一人の若者が立っていたのです。若者は、ずっと前、ブンドルキンが夢で見たような、柔らかで真っ白な薄い布の服を身に着けていました。
「私は、前に蜘蛛だった糸吐き頭です。あなたが約束通り、百日の間親切にして下さったので、私にかけられていた魔法がとけて、元の身体になることが出来ました。本当に有難う御座いました。お礼に、これをあなたにお贈りします。これは、あの青い花の茎ですよ」
 若者はそう言って、真っ黒な茎を差し出しました。
 ブンドルキンは、ただもう驚いて、若者の顔をじっと見つめていましたが、心の中で、
(なんて綺麗な方でしょう! でも、贈り物にこんな汚らしい茎をくれるなんて随分変な人……)
 と思い、すこしがっかりしました。
 すると若者はニコニコして、
「その茎の中に、素晴らしい秘密が入っているのです。さあ茎を割ってご覧なさい」
 と言いました。
 ブンドルキンは不思議に思いながら、そっと茎を二つに割ってみると、中には雪のように真っ白な、とても長い繊維があったのです。
「まあ、こんなきれいな繊維が……」
 ブンドルキンが、目を輝かせて繊維を引き出すと、若者もいかにも嬉しそうに、
「それで、秘密がわかったでしょう。それから、その茎には種が付いていますから、種を取って地にお蒔きなさい。そうすれば、また芽を出して、やがて辺り一面に青い花が咲きます。花が散ってしまったら、茎を集めて、今のように中から繊維を取り出し、それで布地を織りなさい」
 と教えました。
 それからブンドルキンが持っていた真っ白い繊維を受け取り、さっと一振りしたかと思うと、目の覚めるような美しい服に変わりました。
 それはリンネルの服だったのです。
 若者はその服をブンドルキンに渡しながら、
「ブンドルキンさん、どうぞ私のお嫁さんになって下さい。そして、これをあなたの婚礼衣装にして下さい」
 と言いました。ブンドルキンは恥ずかしそうに、その服を受け取りました。
 間もなく二人は結婚しました。そして、美しい繊維の採れる青い花の種をたくさん畑に蒔いたので、それからは、オランダにリンネルの布地が出来るようになりました。



おしまい


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