悪魔のすすだらけの兄弟


                    ☆

 むかしむかし。
 ハンスと言う名の兵士がいましたが、仕事をクビになってしまいました。そのため、これらかどう暮らしていいか分りません。
 ハンスは、当ても無く森に出かけて行きました。
 すると、一人の悪魔に出会ったのです。
 悪魔はハンスを見ると、尋ねました。
「お前さん、どこか具合でも悪いのかね? 酷くしょんぼりしているじゃないか」
「実は、仕事をクビになってしまい、お腹がペコペコなんです。けれども、お金が少しも無いんです」
 それを聞くと、悪魔は言いました。
「それは可哀そうに。そんなら、私のところに奉公して、私の召使いにならないかい? 一生楽にしてやるよ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも。その代わり、お前さんは七年間、地獄で働かないといけないよ。ただし、七年間、しっかりと働けば、お前さんは自由の身だ。しかし自由になってもいくつか条件がある。まず第一に、決して体を洗ってはいけない。それから髪をとかしてもいけない。爪も髪の毛も、切ってはいけない。髭も剃ってはいけない。また、目から出る水をぬぐってもいけないよ。どうだい、これらの条件が守れるかい?」
「このままではどうしようもないから、とにかくやってみる事にします」
 そこで悪魔はハンスを地獄へ連れて行くと、仕事について話しました。
「お前さんは“地獄の炙り肉”の入っている釜の火を、ずっと燃やし続けなければいけない。そして、家の中を綺麗にして、ゴミを戸の外に運び出す。仕事はそれだけだ。だが一度でも、釜の中を覗いてはいけない。もし覗いたらまずい事になるよ」
 言い終わると、悪魔は旅に出ました。
 さっそくハンスは、悪魔から言いつけられた仕事を始めました。
 釜の火を絶えず燃やし、家の中を掃除して、ゴミを戸の外に運びました。
 しばらくして悪魔は帰って来ましたが、ハンスが真面目に仕事をしているのを見て満足しました。

 やがて悪魔は、再び旅に出ました。
 ハンスは仕事をしながら、釜の中が気になっていました。
「“地獄の炙り肉”って、一体何なんだろう?」
 悪魔との約束を忘れたわけではありませんでしたが、ハンスはどうしても中が見たくなりました。
 そこで、たくさん並んでいる釜の一番目の蓋を、ほんの少しだけ開けてみました。
 すると中には、昔、兵士だった頃、自分をいじめていた先輩の兵士が入っていたのです。
「偶然だね。こんなところで出会うなんて。そう言えば昔、あんたは僕をいじめてくれたね。今度は僕がいじめてやる番だ」
 ハンスは釜のふたを閉めると、新しい薪をくべて火を大きくしました。
 次にハンスは二番目の釜の蓋を開けてみました。
 するとそこには、さっきの先輩の上官が入っていました。
「やあ、あんたもここにいたのか。そう言えばあんたは、僕の手柄を横取りして、自分の手柄にした事があったよな」
 ハンスはそう言うと釜の蓋を閉めて、たくさん薪をくべると、さっきよりも火を大きくしました。
 そしてハンスが三番目の釜の蓋を開けると、今度は中に将軍がいました。
「おや、将軍ではありませんか。そう言えば昔、あなたは自分の失敗を私のせいにしましたよね」
 ハンスはふいごを持って来ると、将軍が入っている釜の火をごうごうと大きくしました。
 こうして七年の間、ハンスは地獄で働き続けました。
 その間、体を洗いません。
 髪もとかさず、指ではらいもしません。
 爪や髪の毛を切りもしません。
 髭も剃りません。
 また、目から出た水をぬぐいもしませんでした。
 この七年間はハンスにとって楽しい毎日だったので、たった半年ぐらいにしか感じませんでした。
 約束の七年が過ぎた頃、悪魔が旅から帰ってきました。
 悪魔はハンスに向かって言いました。
「ハンス、お前さんはどんな事をしてきたかね?」
「はい。僕は釜の下に火をくべました。それから家の中を掃除して、出たゴミを戸の外に運びました」
「うむ、ちゃんと仕事をしてくれたね。……だがお前さん、釜の中を覗いただろう。でも、薪をくべて火を大きくしたのは良かった。そうでなかったら、お前さんも今頃は命をなくしてたよ。さあ約束通り、今日でお前さんは自由だ。地獄を出て、家に帰るかい?」
「はい。お父さんがどうしているか、見たいと思います」
「そうか。ああ、そうそう。お前さんが七年間働いた給料として、お前さんが今まで戸の外に運んだゴミをリュックにつめて持って帰りなさい。地獄を出たら、そのお給料で楽をすればいい。ただし、お前さんは私がいいと言うまで体も洗わず、髪もとかしてはいけないよ。髪の毛ボーボー、ヒゲもモジャモジャのままで、爪も切らずに、ドロンとした目をしてね。そして、もしも誰かがお前さんにどこから来たのかと訪ねたら、地獄から来たと言うんだ。それからお前は誰だと聞かれたら、『悪魔のすすだらけの兄弟で、悪魔は私の王である』と言わないといけないよ」
「はい、分りました」
 そうしてハンスは悪魔に別れの挨拶をすると、地獄を出てから森の中に戻りました。
 悪魔のお給料にガッカリしていたハンスは中身を捨ててしまうかと思い、リュックの中を見ました。
 するとリュックに入れたゴミが、本物の金に変わっていたのです。
「すごいや! こんなにお給料をくれるなんて!」
 ハンスは大喜びで、町に行くと宿屋に泊まりました。
 宿屋の主人はハンスの風体にギョッとなって訪ねました。
「あんた、どこから来たんだい?」
「地獄からだよ」
「なんだって!? あんた、何者だ?」
「悪魔のすすだらけの兄弟で、悪魔は私の王でもある」
 驚いた主人は、ハンスを宿から追い出そうとしました。
 けれどハンスがリュックの中の金を見せると、主人はころりと態度を変え、ニッコリ笑ってハンスを宿屋で一番いい部屋に案内しました。
 ハンスは料理を注文すると、お腹いっぱいになるまで、たらふく食ベたり飲んだりしました。
 けれども悪魔の言いつけを守って、体を洗いもせず、髪もとかしませんでした。
 その夜、ハンスがベッドでぐっすり眠っていると、宿屋の主人がこっそり入ってきて、ハンスのリュックを盗みました。

 翌朝ハンスが目を覚ますと、大切なリュックがありません。
 ハンスは一目散に地獄に戻ると、悪魔に助けを求めました。
 すると悪魔は、ハンスに言いました。
「そうか。まあ、そこにお座り。私がお前さんの体を洗って、髪をとかしてやろう。髪の毛や爪を切り、目もぬぐってあげよう」
 悪魔はハンスを綺麗にすると、ハンスに掃除のゴミがいっぱい入ったリュックを渡しました。
「今から宿屋に行って、主人に『金を返せ、さもないと悪魔があんたを連れて帰り、僕の代わりに地獄で働かせてやると言ってるぞ』と言ってやんなさい」
 ハンスは宿屋に戻ると、主人に言いました。
「あんたは僕の金を盗んだね。もしあんたがそれを返さないなら、悪魔があんたを地獄に連れ帰り、僕の代わりに地獄で働かせると言っているぞ」
 すると怖くなった主人は、ハンスにリュックを返すと、さらに自分の有り金も渡して、どうか悪魔には黙っていて欲しいと頼みました。

 こうしてたくさんのお金を手に入れたハンスは、家に帰るとお父さんと幸せに暮らしました。
 ところでハンスは地獄にいた頃、悪魔から音楽を習い覚えていました。
 そこで粗末な上っ張りを買って、あちこちで音楽をやりながら歩いていました。

 ある時、この国の年老いた王様の前で、ハンスは演奏する事になりました。
 すると王様はハンスの演奏にとても喜んで、一番上の姫をハンスの妻にやると約束しました。
 ところが姫は、上っ張りを着た身分の低い男と結婚させられると聞くと、
「そんな事をするくらいなら、一番深い水の底に飛び込んだ方がマシだわ」
 と言いました。
 そこで王様は、一番下の姫をハンスに与えました。一番下の姫は、父親のためならと喜んで承諾しました。
 こうしてハンスはお姫様と結婚し、その後、王様になったという事です。



おしまい


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